第177話 とあるギルドにて

「……おい、コラ! 大谷、テメェふざけてんじゃねぇぞぉ!!」


 ーーガンッ!!!


 と、部屋の中に大きな音が鳴り響くと同時に、人間が一人空を飛んだ。

 そしてそのまま、壁に思い切り激突し、ズルズルと背中から床に滑り落ちる。

 冒険者や迷宮などというものが生まれる前の地球であれば、こんなことをされれば骨折は免れず、下手をすれば死ぬような吹っ飛び方だった。

 けれど、幸いと言っていいのか、不幸と言うべきか、吹き飛んだ人物……大谷、と呼ばれた中年男は、少しふらついたくらいですぐに立ち上がり、そしてそのまま即座に頭を深く下げて、


「も、申し訳ございません! 総長!」


 と言った。

 彼の頭を下げた先には……部屋の一番奥にある大きな執務づけの前に、血管を額に浮き上がらせながら大谷を睨みつけ、立っている男がいる。

 彼こそが、大谷の上司であり、そしてこの部屋の存在する建物……ギルド《黒鷹クロタカ》のギルドリーダー……いや、総長である賀東がとう修司しゅうじであった。

 修司は頭を下げたまま動かない大谷に近づき、その頭をガッと掴み、言う。


「申し訳ございませんだぁ? お前、俺の指示を覚えてるのか? あ?」


「ば《万物鑑定》を持つ鑑定士の宮野静氏を、このギルド《黒鷹》に所属させるべく、交渉をするようにと……嘘はつかず、正直に条件を告げるようにと! ちゃ、ちゃんと覚えています!」


 そう、大谷は、そのために派遣された、《黒鷹》所属の冒険者だった。

 ここに創たち一行がいれば、彼の顔を見てすぐに気づいただろう。

 あぁ、あのとき吹っ飛ばされてた中年冒険者だ、と。

 彼は《黒鷹》に所属する冒険者なのだ。


 そして、この修司の指示によってあそこまで交渉しに行ったのだが、結果として、叩き出されて終わった、不憫な人物だった。

 少なくとも暴力的な手段は使っていないし、修司に支持された通り、一貫して正直に対応したつもりだった。

 もちろん、話術などのスキルが口の滑りをよくしてくれたことは否めないが、それはあくまでも会話の範疇でのこと。

 大谷にしては珍しく、真っ当な交渉をしてきたつもりだった。

 それなのにあの結果である。

 一体どうすればよかったのか、と冷や汗が止まらないのは当然の話だった。

 しかし、意外にも大谷の言葉を聞いて修司は、


「……んだよ。分かってたのか。意外だな。俺はてっきり、お前が以前みたいに脅迫とか暴力を使ってきたのかと思ったぜ」


「ち、誓ってそんなことは……」


「ふん。なら、いい。早とちりして悪かったな。しかし、断られたはいいが、すぐに他に持ってかれたのは問題だな……まさかあそこからいなくなってるとは。で、お前の後に交渉しに入った奴がいて……あの白宮の妹だったと」


「は、はい。見たことがあったので、間違い無いかと」


「あの顔は男なら忘れねぇな。ってことはだ。十中八九、あいつのギルドに入るんだろうな……」


「え? な、なぜです」


 確かにいなくなったのは事実だが、その後の足取りはまだ分かっていない。

 仮に白宮の妹についていったとしても、ただの仕事であって、また戻る可能性も高いだろう。

 けれど修司は、


「あの万物鑑定士先生は、誰に何を言われようが、ついてくなんてことはなかったからな。鑑定するときは、自分の家で、だ。それなのに着いて行ったと言うことは、そういうことなんだろうさ。これは面白くなってきたな。そういうことなら、まだやりようはある」


「他のギルドに所属してしまってもですか?」


「お前だって知ってるだろう。ギルド戦だよ。ちょうどよく今度、新人戦がある。その場で申し込めば……まぁなんとかなるだろ」


「なるほど……しかし、そうなると、一騎討ちを挑まれるのですか?」


「白宮の妹はまだB級だったはずだ。俺はどうだ?」


「……A級でいらっしゃいますが……勝負そのものを避けられるのでは」


「そこはうまく煽ってやるさ。ま、今回はとりあえずご苦労だった。さっきので怪我してたら悪いから、あとで治癒術師に診てもらっていけ」


「はい」

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