第174話 宮野静(前)

「……我がギルドに入られれば、そのお力を存分に振るって、迷宮などには潜らず、地上の快適なオフィスで安全にお仕事をしていただけます。それに、その他の待遇としましても、業界最高水準のものをご用意しており、これは他のギルド、例え五大ギルドであっても中々ないようなものばかりで……」


 目の前のスーツ姿の中年男の話を聴きながら、またか、と私は思った。

 私は。

 つまり、万物鑑定士、宮野静としては、だ。

 八王子のど田舎までよく来るものだと思うが、それだけ私の技能が貴重だということはもちろん自覚していた。

 このような勧誘も一度や二度ではなく、だからこそ、こんな不便な土地に誰とも接することがないような環境を選んで住んでいる。

 それなのにわざわざ訪ねてくる……いや、それだけならまだいいのだが……。

 

 名前:大谷 仁

 年齢:43

 称号:《詐欺師》《人攫い》《人身売買者》

 職業:死体漁り

 腕力:23

 魔力:18

 耐久力:14

 敏捷:32

 器用:30

 精神力:22

 保有スキル:《掏摸》《強奪》《中級詐術》《下級短剣術》《交渉術》《話術》

 保有アーツ:無し


 彼のステータスを《覗く》と、ロクでもない称号ばかりが目についた。

 とは言っても、あくまでも人聞きの悪い名称を一見しているだけで、その内実は意外と普通、というものも存在するから……と、一旦考えた上で、細かく見てみることにしてみたものの、結果は大して変わらなかった。

 例えば、《人攫い》だが《人身売買業者に人間等を売却する目的で、人間を攫った経験を持つ者につく称号。常習性がない場合にはつかない》などと書いてある。

 他の称号も似たり寄ったりだ。

 完璧黒だ。

 ただ、スキルについては、いずれも有用なものばかりで、別に名前の通り問題があるものではない。

 まぁ、使いようによっては犯罪にも有用だが、その辺は戦闘技術も同じだから問題ではないだろう。

 けれどやっぱり称号についてはどうしようもない。

 なんでこんな人物がここに、と思ってしまうが、その理由はスキル構成を見れば納得できる。

 詐術と交渉術と話術、この辺が評価されたのだろう。

 実際、こうしてステータスを見ているから全く話を聞く気にならないだけで、そこを気にしなければむしろ話はうまい方だろうと思う。

 勧誘する関係で主に待遇面の話が多いが、その合間に挟まれる適度な雑談は割と聞いていて楽しい。 

 彼を選んだギルドの選択は間違いではないとは思う。

 私が人間の鑑定ができないのなら、だが。

 まぁ、ただこの辺は彼の所属するギルドの落ち度ではないだろう。

 《見て》みて感じたことだが、鑑定に対する抵抗のようなものがあったからだ。

 彼には鑑定妨害系の魔導具が装備されている。

 そして、その魔導具を鑑定してみると、かなり高位の鑑定すら弾くもの……迷宮の相当な深層でなければ得られない品で、流石に私にも抜けないと思ったのだろう。

 抜かれたら抜かれたで、私の能力を推し量れるという目的もあるのかもしれない。

 そういう意味でも、彼を選んだのかもしれないが、だとすれば余計にこのギルドには所属したくないものだ。

 高位の鑑定系を持つ鑑定士にはこういったある種の駆け引きを好むものがいて、そういうタイプだと私のことを理解してのことなのだろうが……残念ながら私はもっと単純な人間なのだった。

 こんなところに住んでる偏屈な人間だから、とか私の行動を色々見た結果なのだろうが、外している……。

 だから私は男の話もそろそろ飽きたところで、追い出してしまうことにした。

 幸い、先ほど見たステータスを見るに、魔導具で強化された私には敵わない程度でしかない。

 だから扉の向こうへと吹き飛ばした。


 ……誰か、新しいお客人も来たようだし。


 そんなことを思っていた私だったが、この時の出会いが、私にとっての希望となろうとは思ってもみなかった。

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