第169話 ステータスの上がらない理由

「……はぁぁっ!!」


 静さんが、一般人にはおよそ不可能な速さで槍を突き出し、目の前の相手へと攻撃する。

 目の前の相手、それはつまり魔物である。

 神保町に《魔道書ダンジョン》、その第二階層に頻繁に出現する魔物で、コボルトメイジ、と呼ばれる立ち上がった犬のような魔物だ。

 メイジ、という名称を持つだけあって、その手には杖を持ち、術を放つことで知られる。

 系統は個体によって異なるが、この個体は比較的多い、炎術系統の術を放ってきた。

 《火弾》と呼ばれている、人間魔物問わず、多くの術師がその使い勝手から好む術で、一発でも当たれば一般人であれば一瞬で黒焦げになるものだ。

 けれど、静さんはその何をもスルスルと避け、近づいていき、そしてコボルトメイジの胸元に向かってその持つ槍を突き出したのだ。

 コボルトメイジは、術師系だけあってか速度はあまり速くはないが、それでも鮮やかに急所に入れた静さんの動きには目を瞠るものがあった。

 瞳から光を失い、膝をついて地面に崩れ落ちたコボルトメイジを確認し、静さんは振り返って、


「……どうでしたでしょうか?」


 と自信なさげに俺たちに尋ねた。

 

「……良かったと思うわよ。家をほとんど出なかったという割に、動きもしっかりしていたし……鑑定以外のスキルを持っていないなんて、信じられないくらいだわ」


 まず、雹菜がそう答えた。


「僕も同感だよ。《剣術》とか《槍術》とかのスキルを持っていれば、動きもある程度アシストがあったり、そもそもどう動くべきか勘で解ったりするけど……全くのスキルなしでそこまでっていうのはすごいと思う。ステータスオール1だなんて、誰にも分からないよ」


 樹もそう続けた。


「本当でしょうか? それなら一安心なのですが……少なくとも、最低限、迷宮で活動できそうで」


「普通に生活する分にはまるで問題ないわね。一般的な三年目のサラリーマンくらいは稼げるわ。それ以上となると……やっぱりちょっと難しいかもしれないけど。魔導具であげたステータスのゴリ押しでなんとかするって方法もあるけど……そういうつもりはないのよね?」


「出来なくはないのですが、それだとやはり先がないでしょうから。やはりどうしてもステータスを、普通に、上げたいところです。そういう点では何かなかったでしょうか?」


 なぜ静さんの戦いを見せてもらったのか、というとやはり理由はここにあった。

 雹菜が、


「……そうね。コボルトメイジの魔力は吸収できているように見えるけど……それでもステータスが上がらないのはちょっと変ね。創はどう思う? 私の目よりも創の方がはっきり見えるでしょ」


 俺も雹菜も魔力を目視できる特別な目を持っているわけだが、俺の方が魔力を自在に操れるからか、視認できる精度には差があった。

 特に、体内に取り込まれた魔力に関しては、雹菜はぼんやりとしか見えないようで、だからこその言葉だった。

 俺はこれに答える。


「雹菜にはどうやら見えなかったみたいだが、俺からすると結構はっきりしてるぞ。魔力、体内に取り込まれはしたが、おかしな消費のされ方をしてるな。多分、ステータスとして吸収されてない」


「えっ?」


 全員の視線が俺の方を向く。

 俺は説明が必要だと思って、言った。


「……俺から見ると、魔力がステータスになるのは、魔力を吸収して、その魔力がその人の魔力と同化した場合、何だけど……静さんの場合はそうなってないんだよ。というか、静さんの魔力の流れ、結構不思議でさ。雹菜が指摘しないから割といるのかもと思ってたけど……多分見えてないよな?」


「ええと、どういうことかしら?」


「静さんの体では、常時、何かのスキルが動いているように魔力が構築されてるんだよな。ほら、《身体強化》のとき、魔力を体に循環させるような形に組み上げるって話をしたろ。それの超複雑なバージョンが、静さんの体の中には常にあるんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る