第168話 迷宮へ
「……なるほど、今まで安心して休めるような環境じゃなかったから、余計にぐっすり、と 」
東京、神保町にある《魔道書ダンジョン》の入り口前で、俺はそんなことを静さんに言った。
彼女はブンブンと首を縦に振って、
「そう、そうなんです! 今まですごく不安で……誰も信じられないじゃないですか。で、常に寝不足でそうにも目付きまで悪くなって……でも、昨日は本当に久しぶりにぐっすり眠れましたよ。泥のようにって言うんんですか? 体の調子もすこぶるいいです!」
明るい表情でそう答える。
確かに、あの人里離れたログハウスにいた時の彼女の表情は、単純にクールビューティーというより不機嫌そうな表情をしているなという印象もあった。
色々あって、虫の居所がよくないかったんだろうかとか思っていたが、その実、ほとんどが寝不足に起因していたらしい。
顔立ちが変わったわけではないので涼しげな美人という印象にも変化はないが、表情や声色は大分違っているように感じられた。
「確かにそういうことなら仕方がないよねぇ。寝不足は本当に何もかもやる気を奪うから……お肌にも大敵だしさ」
樹がそんなことを言う。
お肌に大敵……女子のセリフだ。
しかしこいつが女子なのかどうかはわからない。
聞いても答えない。
雹菜はギルドに樹を入れる時、しっかりと個人情報を手に入れてるはずだから、知っているのだろうが、彼女もまた、教えてはくれない。
別に性別くらいいいだろ!
と思うのだが、最近だとそんなセリフ言うと各方面から怒られるわよ、と言われてもはや何も聞けなくなってしまっている。
いつか樹の性別がわかる日が来るのだろうか。
オリジンの詳細がわかる日が来るかどうかよりも遠い気がした。
「そうなんですよね……だから今日は化粧ノリも恐ろしくよくて。この調子ならステータスも上がってるかも!? とか思ったのですけど……」
言いながら、だんだんとテンションが落ちていく静さん。
「やっぱり変わらなかったのな」
「そうなんですよ……」
具体的に幾つとは言わないが、オール1なのは一緒か。
「しかし今更だが、なんでそんなステータスなんだ?」
俺が尋ねると、静さんは言った。
「元々は普通の体だったんですよ。別に何か日常に問題があるとかそういうことも全然なくて。でもある日、例のスキルを手に入れた時から……こうなりました。その時は酷かったですよ。冗談でなく張って歩くしか出来ませんでしたからね。で、救急車を何とか呼んで、色々調べて、筋力なんかが急激に低下してるとか色々お医者さんに言われました。でも実際は、スキルのせいで」
具体的なスキル名を言わないのは、人が周りにいるからだな。
迷宮の入り口前では、多くの冒険者たちが屯している。
ここ《魔道書ダンジョン》も同じで、不用意なことは言えないのだ。
その割には結構喋ってるなというのはあるが、それは雹菜が一応、例の魔導具を起動しているからだな。
周囲に話を聞かれないようにするやつ。
その上で、具体的な名称は避けて話しているので、まぁセキュリティとしては十分だろう。
「スキルは恩恵ばかりが注目されるけど、確かにデメリットがあるものも存在が確認されているのよね。静のがそうだったなんて驚きだわ……でも、効果を考えれば、代償として適切、なのかしら」
「私は別にこれが欲しいなんて思わなかったんですけどね。冒険者として生きていくのに、一般的な才能が得らればそれくらいが一番いいと思うんです」
「それについては俺も同感だな。分不相応な力とか、あまりにも何もないとか、そういう極端じゃない、普通の才能が一番だよ……」
スキルゼロとか、オリジンとか、俺自身、極端に過ぎる。
「でも、それがなければここにいるみんなとは会えてないじゃない? プラスマイナスゼロなんじゃない?」
雹菜がそう言ったので、それについては流石に俺も、
「確かにな……でも、代償か。まぁいい思いにはマイナスはあるよな……」
そう言いつつ、周囲を見た。
そこには冒険者たちがいるのだが、彼らの視線がここに来てから痛いのだ。
特に、男性冒険者の視線が。
彼らの視線はこう言っている。
「美少女三人も侍らしてんじゃねぇ。殺すぞ」「吊れ。むしろ殺れ」「なんだ自慢か、今なら視線でこっちはお前を刺せるぞ」
……まぁ、気持ちはわからないでもない。
でも、あれだぞ。
樹は美少女かどうかは不明だからな!
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