第166話 引き払う
「……本当にいいの?」
静さんの家……ログハウスの外で、雹菜がそう呟いた。
それに対して、まるで旅行にでも行きそうな格好に、スーツケースを横に置いた静さんは言う。
「構いませんよ。ここはあくまでも一時的な拠点のつもりでしたから……。まぁ、戻ってきたくなったら戻ってくればいいだけですしね」
そんな彼女に、樹は、
「それにしてもまた、随分と思い切ったと思うけど……まさかすぐに家財道具一色、収納袋に詰め込んで出ちゃうなんて」
そう言った。
そう、静さんは、このログハウスを出て、俺たちと共に来ることになったのだ。
その理由は言うまでもなく、俺たちと迷宮を探索し、ステータスを上げるため。
そのためには、拠点そのものをこの八王子の山奥から、俺たち《無色の団》のギルドビルに移したほうがいいだろうということになった。
ギルドビルには幸い、まだまだ余っている部屋がある。
とりあえず、そこに入ってもらって、気にいった物件があればいずれそちらに移る、そんな感じて行こうという話になった。
とはいえ、急なことだから引っ越しその他についてはもっとゆっくりと腰を据えてやるものかと思っていたのだが、静さんの行動は早かった。
すぐに荷物をまとめだし、ほんの数時間でログハウスの中にあった家財道具全てが空っぽになった。
まぁ、元々、本人の言う通り長期間住むつもりでなかったからか、荷物自体が少なかったと言うのもあるが、それにしても早業であるのは間違いない。
「立場が立場なので、すぐに拠点を変えられるように常に準備しているところもあって、そんなに思い切ったつもりはないんですよね」
「ってことは、拠点もここだけじゃなくて他にもあるわけか?」
俺の質問に静さんは頷いて、
「ええ、日本各地に。本当は世界各地に、と言いたいところなんですけど、《万物鑑定》を得たあと、日本政府から海外渡航の許可が降りなくなってしまったんですよね……なので、外国には拠点とかないです」
「あぁ……貴重なスキル持ちの海外流出を防ぐためか……。それでも結構聞くけどな」
A級冒険者が外国籍取得、とか永住権取得、とかそんな話はたまにニュースで流れる。
当然、その国のエージェントなどが自国に来ませんかと交渉して、スカウトして行った結果なわけだ。
日本でも冒険者はそれなりに優遇されていて、税制やら何やらと過ごしやすくはあるのだが、アメリカや大陸の方の優遇の仕方は日本とはレベルが違うからな。
それこそ、人殺しをしたとて揉み消してくれそうな感じだ。
日本よりもそっちがいい、と思うタイプがいてもそれはおかしくない。
静さんはそんなタイプでもなさそうだが。
「なんだかんだ、迷宮は日本に出現することが多いですからね。有能な冒険者や、珍しい冒険者が多いことも諸外国はよく知っているわけで……スカウトもよく来ます」
「やっぱり静さんのところにも?」
俺が尋ねると、彼女は、
「たまにですが。ですけど私はそう言うのは勘弁願いたいので……ただでさえステータスが低いのに、日本より安全性の怪しい国に行くのはちょっと気が引けます」
「あぁ、それもあったか」
冒険者や迷宮が出現して、日本の安全性というのも以前と比べれば低下しているものの、国民それ自体の性質には大きな変化がないため、犯罪率は依然として低い。
諸外国だと冒険者が暴れ回って酷い治安になっているところも少なくないことを考えれば、日本は相当、過ごしやすい国と言える。
特に静さんに取ってはそうだろう。
「でも、ステータスが上がったらそういうのも検討するの?」
雹菜がふと気になったように尋ねるが、静さんは首を横に振って、
「いいえ。やっぱり私は日本がいいですね……鑑定する品も、日本の迷宮から出たものは面白いのが多いですし。今回みたいに」
「へぇ……そうなのか」
「外国の方からの依頼もたまにあって見るので、あくまでその傾向がある、だけかもしれませんけどね……おっと、いつまでもここで話してるのもなんです。とりあえず山を降りましょう。そこからは……」
「私の車があるから、それで帰ることになるわ」
「では、お世話になります」
「ええ」
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