第159話 万物鑑定

 ーーコンコン。


 と、雹菜が一行を代表してログハウスの扉を叩いた。

 インターフォンなんて洒落たものはなく、ノッカーすら存在しない。

 だからそうする以外に訪問を知らせる方法がなかった。 

 誰か他人が訪ねることをまるで想定していない……いや、分かっていてあえてそうしているような感じがあった。

 そもそも、《万物鑑定》なんてものを使える鑑定士の元に、人が訪ねないなんてことありえないからな。

 しかし、それだけの人嫌いとなると、もはや出てくれもしない可能性がある……。

 さっきの中年男性とのやりとりを見るに、かなり間の悪い時に訪ねてしまった感があるし、気も立っていて、今日は誰が訪ねてきてももう応対しない、と決めているかもしれないからだ。

 そうなったら、どうしたものか……。

 悩みつつ、俺たちがそこで待っていると、意外にも、


「……今日はお客様が多いですね。どちら様ですか?」


 そんな声と共に、先ほどの女性が中から出てきた。

 雹菜が、


「あっ、初めまして。私、ギルド《無色の団》の代表を務めております、白宮雹菜はくなと申します。先日、訪問のお約束をさせていただいておりまして……宮野静みやのしずか様はご在宅でしょうか……?」


 と、ギルドリーダーモードとなって名刺を差し出しつつ、挨拶をする。

 大臣に対してすらそれほど緊張もせずに話していた雹菜だったが、《万物鑑定》を持つ《鑑定士》に対しては違うようだ。

 まぁ、どっちが貴重な存在かと言われたら、やはり《万物鑑定》の方だとしか言えないものな……。

 大臣には悪いが……。

 

「……宮野は私です。白宮雹菜……そうですか、貴女が……。雪乃から話は聞いていますよ」


 宮野静はそう言って、意外にもその一見冷たくも感じられる整った顔立ちを綻ばせる。

 それだけでだいぶ印象が変わり、俺たちはほっとした。

 どうやら、いきなり門前払い、ということにはならないらしいとそれで分かったからだ。

 しかし、雪乃とは……雹菜の姉の雪乃さんだな。

 俺は以前、スキル測定の時に会っただけだが、かなりぶっ飛んでいる人だった記憶がある。

 どうやって《万物鑑定》持ちの《鑑定士》と連絡をつけられたのか気になっていたが、つまりはそういうつながりだったのか、と腑に落ちた。

 雪乃さんは、大規模ギルドの代表冒険者の一人だ。

 その人脈は多岐に渡るだろう。

 雹菜はそれを頼ったのだ。

 別に仲が悪いわけでもなさそうだが、雹菜はあまり雪乃さんを頼ろうとしないところがある。

 それはあの人の性格もあるのだろうが、付属品扱いが嫌だというか、姉の七光、のような感じで評価されたくないという思いがあるかららしいと言うのもなんとなく察していた。

 しかし、今回ばかりは……と言うことか。

 この《卵》のために、その辺の葛藤を曲げてくれたのだろうな。

 なんだか随分と悪い気がする……後で礼を言わなければと思った。


「姉さんから……あの、私、詳しく姉と宮野さんとの関係を聞いていないのですが、どういう……?」


しずかでいいですよ。おっと、玄関先というのもなんです。中へどうぞ」


「では、失礼します……」


 俺と樹も雹菜に続いたのだった。


 *****


「……さて、とりあえず自己紹介からでもしましょうか。と言っても、私と雹菜さんはいいとして……」


 コトリ、と俺たち三人の前に紅茶が置いてから、宮野さんは俺と樹に視線を向けてそう言った。

 そのため、まず樹が、


「……はい。僕は星宮樹、と申します」


「……天沢創と言います。どうぞよろしくお願いします」


 と短めに名乗った。

 話し合いの主役は、雹菜になるだろうと思ってのことだった。

 しかし、宮野さんは、


「なるほど……星宮家の継嗣と、それに……《オリジン》? はて。これはまた随分と面白そうなメンバーでやってきましたね」


 と驚くべきことを言った。

 雹菜もこれは予想外だったようで、しかしすぐにその理由を察して言う。


「……《万物鑑定》の力……ですか?」


「その通り。ご安心を。私はとても口が硬いので……そもそも話し相手もいない山奥ですしね」


 宮野さんはそう言って笑ったが、俺たちの緊張感は増した。

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