第158話 辺鄙な家
「……疲れてきたよ……」
樹が、山道を数時間と登り続けてついに飽きたのか、そう呟いた。
俺と雹菜は腕力と耐久力が非常に高い数値になっているので、そういう意味での疲れはないが、樹は残念ながらそこまででもない。
もちろん、それでも一般人と比べれば相当に高いのは間違いないのだが、それでも一応、《山道》とかろうじて呼べなくもない、というレベルのほとんど獣道じみた空間を慣れない人間が延々と歩き続けたら、そりゃあ疲れるだろうというものだ。
俺だって精神的にはかなり疲労が溜まっている。
「俺も同感だが……雹菜は疲れないのか?」
「私だって疲れたわよ。なんでこんなところに住んでるんだか……不便とかいうレベル通り越して、ほぼサバイバルみたいなものじゃない……」
「あれ、理由知らないの? てっきり顔見知りかと思ってたんだけど」
樹が尋ねる。
俺もそれについては同じように思ってたので、意外で、雹菜の言葉に耳を澄ませる。
「会ったことすらないわよ? 今回が初めて……まぁ、一応連絡は入れてるんだけど、会ってもらえるかどうかも正直分かんないのよね……」
「お前……そんなところに俺たちを連れてきたのか……」
「会えなかったら速攻で戻るんだね、今まで来た道を……」
若干のジト目を向ける俺たちに雹菜は慌てたように言い訳する。
「し、仕方ないじゃない! 他にそれの鑑定できる人間なんて浮かばなかったし……っ! それに、居場所と連絡先知るだけでも結構大変だったのよ?」
「それも初耳だな。そもそもどういう人なんだ?」
「それは……あっ」
雹菜が何かに気づいたように前方を見る。
するとそこには、真新しいログハウスが、でん、と唐突に現れたように建っていた。
周囲はそれなりに切り開かれていて、ログハウスの周りには畑があり、水が引かれていて、また鶏も飼われているらしく鳴き声がする。
ここで自給自足していることがそれだけで察せられるラインナップだった。
「もしかして、相当な人嫌い?」
樹が察してそれを言うと、雹菜は微妙な顔で、
「まぁ……」
と頷く。
そして、その直後、
ーーバンッ!
と、ログハウスの扉が物凄い勢いで開かれ、そこからスーツ姿の中年男性が吹き飛ばされるように転がり出てきた。
そして、
「ちょ、ちょっと待ってください! 話を聞いてください! 何が不満だと言うのです!? これ以上の待遇はなかなかありませんよ!? それに一時金も……」
そんなことを言いながら、抱えていたアタッシュケースを開き、扉の向こうにいるのだろう人に見せていた。
遠目に見ても、
「……うーん、五億はあるね。っていうか、あれだけ重いものよく持てるね」
樹がそう言った。
「えっ、五億って重いのか?」
俺が首を傾げると、樹が言う。
「一億……一万円札一万枚で十キロだから、あれって五十キロはあるはずだよ。それをこんな山奥まで持ってくるなんて……ゾッとする……」
初めて知ったが、確かにそれは重い。
人一人背負ってくるようなものだ。
ただ……。
「まぁ、それなりの冒険者の腕力なら普通に出来るけどね。やりたくはないし、収納袋とかに入れてくればとか思うけど、その辺は様式美とかのつもりなのかしら……」
雹菜がそう言った。
確かにそもそもアタッシュケースに入れる意味は?
と言う気がするが、まぁ収納袋自体本来は貴重だしな。
五十キロを山奥まで数時間運べる人材の方が、現代では簡単に確保できる。
「しかし、あの人は何やってるんだ? いや、多分スカウトなんだろうけど」
俺の疑問に、雹菜が答える。
「鑑定士、しかも《万物鑑定》なんて持ってる人間、私はここにいる一人しか知らないわ。誰だって、そんな人材を欲しがらないわけがない。ただ、普通に誘って来てくれるなら、こんなところに家なんて持たないしね……。誘い方を間違ったんでしょうね」
そして、扉に縋り付かんとした中年男性だったが、中から一人の人物が出てくる。
長身の、モデルのような体型の女性だった。
ただショートに切り揃えられたその髪の色は銀色で、ひどく目立つ。
こんな山奥には似つかわしくない感じだった。
そんな彼女が、中年男性に言う。
「……お帰りください。そして、二度とここには来られぬよう。では」
そのままログハウスの中に戻り、ばたり、と扉が閉まったのだった。
流石に取り付く島もないことは中年男性にもわかったらしく、
「……くそっ……」
と、呟き、立ち上がってアタッシュケースを持って、こっちに向かって歩いてくる。
俺たちに気づくと、すれ違いざま、
「あんたらもあそこに用なんだろうが、見てたろ? 諦めた方が懸命だぞ」
と捨て台詞を言って山の中へと入っていった。
スーツ姿でよくやる……と思うが、山登りするような格好ではないのは俺たちも同様だった。
ともあれ、
「……玉砕覚悟で行きますか」
雹菜がそう言ったので、俺も樹も頷き、ログハウスに向かった。
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