第156話 予定

「……あれ、お前ら、今日も迷宮に行くのか?」


 打ち上げの次の日、ギルドビルのエントランスにあるベンチに腰掛けてコーヒーを飲んでいると、上から装備を身に纏った慎と美佳が降りてくるのが見えた。

 と言っても、二人ともそこまでゴテゴテした感じではない。

 慎は職業《騎士》ではあるものの、装備それ自体は現代技術で作られたものも多く、それが故に割と軽装に見える。

 美佳については術師であり、後衛を主に担当するため、直接的な防御力というよりは遠距離からの術による攻撃を減衰するような装備が多く、やはりあまり人を威圧しないヒラヒラとした格好だ。

 街中にいても、それほど浮かないだろう。

 まぁ、現代では普通にその辺を武具を纏った冒険者が歩いているので、どんな格好でもさして気にはされないのけどな。

 それこそ五歳くらいの少年が、レプリカ品の騎士の格好をしているようなことだってよくあるのだから。


「あぁ……創。そうなんだよ。出来れば今日くらい休みたいところなんだが、ギルド新人戦を控えてるからな。少しでも強くなっておきたくて」


 ギルド新人戦とは、ある種の闘技大会だな。

 名前の通り、ギルドに所属してからそれほど日が経っていない新人を主な出場者とするもので、新しくギルドに所属した新人はこれでそれなりの成績を収めることを目標にする。

 なぜこんなものがあるのかといえば、いくつか理由がある。

 単純なところでは、市民の娯楽だ。

 大きな会場で、公営の賭け事として行われているため、多くの市民がこれを見に集まる。

 そしてもう一つが、冒険者の力量を世の中に実際に目で見てもらうためだ。

 冒険者の力量など、そうそう見られるものではなく、こういった冒険者同士の力の試し合いを見せることによって、一般人にもそれを理解してもらい、魔物や迷宮からの脅威にどれだけ有用か知ってもらうわけだ。

 まぁ、そういう意味での闘技大会は、他のランクの冒険者もやっているのでこの理由については必ずしもギルド新人戦に限ったものではないが。

 最後の一つが、新人の売り込みというのがある

 新人というのは、その名の通り新人なのであるから、誰もその力量をわかっていないわけだ。

 だから価値が低く、依頼なども買い叩かれたりすることはザラだ。

 しかし、この大会で好成績を収めれば、逆に高額で依頼が来たりする。

 もちろん、まだ低ランクの冒険者しか出ないわけだから、高ランクのそれと比べたら大したことないが、将来への投資としてかなりの額を払おうとする依頼者もいたりする。

 場合によっては冒険者個人のパトロンになろうとする者までいるくらいだ。

 そうなると、いつか自分でギルドを持とうとした時に役立つとか……。

 まぁ、要は冒険者の展覧会みたいなものなのだな。

 それに、慎と美佳は出場する。

 ちなみに出場を決めたのは例の如く、うちのギルドリーダーたる雹菜だ。

 優勝して来なさいと言ってるが……どうかな。

 二人ともかなり強くなってるのは間違いないが、世の中には化け物というのが普通にいる。

 ちなみにかつての雹菜はぶっちぎりで優勝しているので、基準がおかしいのだ、あの人は。


「本当なら創も出るべきだと思うんだけど、あれってギルドに所属して三年未満のE級かD級で、昇格から三ヶ月以上経過した者って規定があったからね……申し込みももう終わっちゃってるし、私たちが頑張るしかないもの」


 美佳が少し不満そうだ。

 

「それについてはどうしようもないだろ。俺は実際、一昨日E級になったばかりなんだから。出れるとしたら来年かな……」


 三年間はチャンスがあるわけで、俺も来年なら出られる。

 その頃には、おそらく、魔物のエネルギー吸収によってステータス関係は今よりもずっと上がっているだろうから、E級、D級相手であっても、問題なく戦えるはずだ……。

 今も戦えるだろうけど、絶対に優勝できる、とは言えないしな。

 来年なら言えるのかという話だが、それは来年になってみないとわからないが……この調子なら言えそうだという気はしている。


「あんたが来年出るのはもはや詐欺に近いと思うけどね……今の時点でステータス、C級に匹敵するって雹菜言ってたじゃない……」


「ステータスだけで勝敗が決まるものでもないってその後言ってただろ。事実、ステータスをC級程度に縛った雹菜に俺はいまだに普通に負けるよ」


「……比べる相手がアレなだけのような気がするが、まぁ、仕方ないものは仕方ないか。ともあれ、俺たちは今日も武者修行に行ってくるよ。お前は?」


 慎が尋ねてきたので、俺は言った。


「今日はこの卵の鑑定を鑑定士に頼みに行こうと思ってるんだ。雹菜も予定空けておいてくれてるって。樹もついでに」


「変わった組み合わせ……でもないのか。ま、それじゃな」


「おう、二人とも頑張れよ」


 そして二人は手を振って、どこかの迷宮に向かって出発して行ったのだった。

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