第148話 当たりを引く

 うーん。

 これはあまり状況が良くないんじゃないか?

 俺がそう感じたのは、別にパーティーに不安があるとかそういうことじゃない。

 そうではなくて……。


「……ここのボスって、確か、パラライズホブゴブリンかヒュージパラライズスライムとかじゃなかったっけ……?」


 樹が少しばかり引き攣った表情で、ボス部屋の中心を見つめつつ、言った。


「俺たちもそう認識してたが……まぁ迷宮ってのは分からねぇからな。いつも絶対に必ず同じボスが出るわけじゃねぇ。それでも、滅多にその《当たり》を引くことはねぇが……」


「これが当たりってわけだ。俺も初めてだな」

  

 カズと巧も、少々の冷や汗を流しながらそう言った。

 ただ、怯えている、という感じではなく、むしろ受けて立つところだ、という気概のようなものが感じられる。

 必ずしも虚勢というわけではないだろうが、そういう部分もあることは分かる。

 それでもそういった気持ちを表に出さないのは、彼らが確かに勇敢な冒険者であるからだろう。

 俺もまた、そうありたいと思った。

 だから、言う。


「……引かない、ってことでいいな? 一応、扉は開いてるから撤退は可能だが」


 後ろを振り返ると、今、俺たちが入ってきた扉がそこにある。

 しっかりと出入りできるように開いていて、こちらを除いている蓮たちの姿が見えた。

 少しだけ見え表情を確認するならば、やはり、その顔には驚愕が張り付いていた。

 それもそうだろう。

 俺たちが《当たり》を引いてしまったから……わずかにほっとした雰囲気も感じられる。

 加えて、少しばかりの緊張感もだ。

 武器に手が伸びていいる。

 それは、俺たちが撤退を選択した時に、加勢してくれるつもりが本当にあるからだろう。

 ボス部屋に入る前にそのつもりがあることは言っていたが、半信半疑というか、自分達が危険に陥ってまでもそれをするという確信はなかった。

 なのに、彼らにはそのつもりがあるようで……。

 いい冒険者だな、と思う。

 そしてだからこそ、俺は彼らに向かってこなくても大丈夫だ、とジェスチャーで伝える。

 それにも彼らは驚いたようだが、緊張感の浮かんだ表情で、俺に向かって頷いたのを確認した。


 そして、俺は改めてこのボス部屋の主に向き直る。

 幸い、ある程度接近しないと動き出さないタイプのようで、ボス部屋に入ってなお、俺たちにはまだ余裕がある。

 《オリジン》由来の特別なボスたちに比べれば、優しいくらいだ。

 かといって、甘い相手ではないことも良く理解している……。


「……あれって、ドラゴンゾンビ……だよね? それにしては、少しサイズ、小さめな気がするけど」


 樹がそう言ったので、俺は頷いて答えた。


「広い意味ではそうだな。ただ、あれはおそらく亜竜のドラゴンゾンビ……だから本来の意味でのドラゴンゾンビじゃない。だから俺たちでも勝てるはずだ」


 そう、そこにいたのは、いわゆるドラゴンゾンビだった。

 竜族の身が腐り落ちて朽ち、しかし生命を失ってなお、この世に怨嗟と呪いを刻み続ける忌むべき魔物。

 不死族の一種で、地上で現れれば恐ろしいほどの被害をたった一体でも及ぼす。

 奴らが闊歩した土地は死ぬのだ。

 とはいえ、それは本来のドラゴンゾンビであって、亜竜のそれであれば……そこまでではない。

 ただ亜竜のそれであっても、F級が相対するような存在ではないことは間違いなく、ここで撤退する選択肢もありうる。

 でも……俺はこのメンバーなら倒せると思っている。

 だから……。


「みんな、頑張ろう。とはいえ、もしやばくなったら速攻で逃げることは念頭に置いておいてくれ。しんがりは、俺が引き受けるから」


「おいおい、それは俺たちの役目だろ?」


「その通りだぜ」


 カズと巧が頼もしいことを言うので、俺は苦笑して、


「……じゃあ、そういうのは無しだ。逃げる時は、全員で生きて逃げる。それでいいな」


 俺の言葉に全員が頷いたのを見て、俺たちはじりじりと、ドラゴンゾンビの元へと近づいていく……。

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