第143話 冒険者の義務

「……おっ? あれは……」


 第二階層に進むと、前方に戦っている冒険者の姿が見えた。

 だいぶ素早く進んでいるつもりだったが、それでもまだ先行者はいたらしい。

 しかし……。


「あれって……あれじゃない?」


 目を細くした樹が、不機嫌そうにそう言った。


「あれ?」


「そうそう、迷宮に入る前に僕達に絡んできたさ……」


「あー……うわ、マジだ。二人組だな……だけど意外だな」


 見れば確かにあの二人組で、パラライズゴブリンと毒スライム複数体のグループと戦っているようだった。

 旗色は……あんまりよくなさそうだな。

 そんなことを考えた俺に、樹が首を傾げて言う。


「何が?」


「こんなに早く第二階層に来てることがだよ。てっきり、受験者たちの中でも弱い方かと思ってたからさ」


 実際、あいつらから樹の体を引き抜くのは割と簡単だった。

 気づいてすらいないようだった。

 あれくらいの実力では、アイスゴブリン一体にすら勝つことは出来ないだろう。

 しかし、樹は苦笑して言った。


「創は随分と簡単に彼らを出し抜いていたけど……僕の目から見ても、あの二人、性格はともかく実力は受験生の中でもある方だと思うよ? 実際、こんなところまですでにたどり着いているわけだし。まぁでも、そもそも出た場所が良かったんだろうけど」


「あぁ……それはあるか」


 というのは《瘴毒の迷宮》の特殊性の一つのことを指している。

 よくある迷宮と違って、普通の入り口ではなく、空中に異空間が開いているような特殊な入り口だったのを覚えているだろうが、あそこに入ったものは、迷宮のどこか・・・に飛ばされるのだ。

 と言っても、いきなり第十階層に、というわけではない。

 あくまでも第一階層のどこかに飛ばされる。

 場合によっては第二階層へのゲートの直前に飛ばされることもあるようで、さっさと下に行きたい人間からするとラッキーに、徐々にレベルを上げたい人間からすると少し問題がある、という感じになる。

 それと、出口については決まっていて、第二階層へ降りるゲートよりかなり遠い位置にあるため、十分な準備なく入るとまずいというのもあるな。

 まぁ、そこまで広い迷宮ではないので、しっかりと準備しておけば大丈夫なはずなのだが、F級となるとやはり危ないだろう。

 そんなわけで、あの冒険者たちは俺たちよりニ階層へ近い位置へと飛ばされたのだとわかる。

 俺たちの方はほぼ出口近くだったからな。

 そう考えると、彼ら以外にも先行している面々がいてもおかしくはない。

 到着順で合格が決まるとしたら問題だが……まぁ、だからと言って焦りすぎてもしょうがないな。


「あっ!」


 そんなことを考えていると、樹がそう声を上げる。


「どうしたんだ……って、あぁ、まずいなあれ」


 あの冒険者たちの方を見ると、二人組のうちの片方が、地面に倒れ伏せていた。

 おそらく、麻痺毒をもらったのだろう。

 立とうとしているが、足に力が入らない様だった。

 そして、もう一人の方はその倒れた奴の前に立ち塞がり、武器を握る手に力を込めていた。

 その立ち姿には決死の覚悟が滲んでいて……。


「樹、悪い」


 と俺がそう言うと、樹は、


「全然。僕も行く」


 二人揃ってあの二人の元に駆け寄った。

 

 そして今にも持っている槍で樹の腕を掴んだ冒険者を突こうとしていたパラライズゴブリンを、俺は切り伏せる。

 そこで俺たちの介入に気付いたらしい男は、


「テ、テメェら!?」


 と驚いた声をあげ、何かを……おそらくは憎まれ口か何かを言おうとした様だが、グッとそれを飲み込んで、


「……悪い。助けが必要だ。後で何でもするから……手を貸してくれねぇか?」


 と言った。

 冒険者の義務と、警戒については難しい問題が存在する。

 こういう場合に、手助けをすべきか、それとも遠巻きにしておくべきかだ。

 だが俺には……黙って見ていることはできなかった。

 だから言った。


「もちろんだ。樹はそっちのやつの治癒を頼む」


「オッケー」


 俺たちの行動に男は少しだけ口を曲げて、


「……悪ぃ。助かるぜ……」


 とホッとしたような声で言ったのだった。

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