第141話 揉め事

「弱そうって、君たちに何が分かるんだ!?」


 肩を掴んできた相手に向かって、大声でそう叫んだのは樹だった。

 俺が言われたことだったので、俺が文句を言おう、と思った矢先のことである。

 これに対して、男は少し鼻白んだような顔になり、


「あぁ? どう見ても弱いだろうが。ひょろひょろして、冒険者のことなんてなんも知らねぇような顔してよ。どうせ、登録したての新人だろ? それなのに昇格試験なんて受けやがって。俺たちはこれで三年もやってんだ……」

 

 三年か。

 それで今、E級昇格試験を受けている、ということはその間、ずっとF級だった、ということになる。

 つまり、実力のほども知れたものだが、こういう冒険者は実のところ少なくない。

 それに、F級だからって別に馬鹿にしたものでもない。

 たとえF級であっても、迷宮に潜って魔物を倒すことを生業としていることに変わりはないからだ。

 それによって迷宮の魔物の数が目減りし、海嘯の危険は低下する。

 そのことは、その地域、ひいては国を守っていることに他ならない。

 だが……だからといって、増長して勘違いしていいわけでもない。

 だから俺は言った。


「三年やってるからどうだって言うんですかね、先輩? 今日ここに来てるってことは、俺たちもあんたたちも何も変わらない《受験者》だ。それを……」


 しかし、その《先輩》は言い返されると思ってなかったのか、憎しみに瞳を染め、


「うるせぇ! おまえらみたいなのは俺たちみたいな先輩の言うことを聞いてりゃいいんだよ! おまえもこっちに来い!」


 そう言って、樹を引っ張っていこうとする。

 だが、俺はそこに近づき、するりと樹の拘束を外した。

 《先輩》に打撃は加えておらず、ただ、力の入れどころを見失った《先輩》はふらりとバランスを崩して、まるで赤ん坊のようにこてりと地面にこける。

 そして、唖然とした顔で俺たちの方を見、それから状況を察したようで、顔を怒りの表情に染めていく。


「てめぇ……っ!」


 このまま殴りかかってくるか?

 と思ったが、さすがにここまで五月蠅ければ、しっかりと責任者が気づくようだ。


「貴方たち、何をやっているのですか!? 失格にしますよ!?」


 と、そんなことを言いながら試験官の一人がやってくる。 

 そんな試験官に《先輩》が、


「こいつらが俺たちに手を出して……」


 とあからさまな嘘を言い始める。

 だが、それはいくらなんでも試験官をなめすぎだっただろう。

 試験官は疑わしげな顔で《先輩》を見、ため息を吐いてから言った。


「……すべてではないですが、概ねの状況は遠目からも見えました。むしろ、ちょっかいをかけたのは貴方たちの方ですね? 全く……」


「あぁ!? それは向こうから手を出されたからで……」


「別にそう主張し続けてもいいですが、周囲の受験者に話を聞けばすぐに分かることですよ。その結果、数年受験資格を喪失することになるのはあなた方ですが……それでもいいと?」


「……い、いや……その……」


「はぁ。もういいから行きなさい。この二人にはもう絡まないこと。いいですね?」


「……わ、わかった……その……悪かった……」


 《先輩》たちはそう言って、そそくさとその場から去って行った。

 そして試験官は俺たちの方を見て、


「すみません、確認が遅れて」


 と言ってきたが、樹が、


「いえ、僕は別に……創もいいよね?」


「俺は樹が平気ならかまわない。ただあいつらに何のペナルティもなしってのも気にくわないが」


 心情の問題だが、これに試験官は少し苦笑してから、離れた位置にいる《先輩》たちの方を見て顎をしゃくり、


「それなら……ほら、見てください。彼らは自分たちでペナルティを負いましたよ」


「え? ……あぁ、なるほどな」


 言われて見ていて、納得する。

 樹も同様のようで、


「……あんな変な絡み方を僕たちにしたから、周りから遠巻きに見られて、パーティーも組めなくなっちゃってるね。うわ、話しかけても無視されてる……」


 そういうことだ。

 試験官は、


「ああなると今年の合格は厳しいでしょうね。まぁ、ですからそれで溜飲を下げて、というわけでもないですが……」


「いや、あれくらいで十分じゃないか?」


「うん、僕もそう思う」


「ならよかったです。では、私はこれで。お二人とも頑張ってください」


 そうして試験官は去って行く。

 それから俺は樹に尋ねる。


「じゃあ、パーティーメンバー探し、するか?」


 しかし樹は少し考えて、


「うーん……もう二人で行くしかないかもよ」


「え?」


「僕たちもどうも、遠巻きにされてるみたいだから……」


 言われて周りを見ると、すっと視線をそらされまくった。

 どうも俺たちも《先輩》たちと同様に扱いにくいかも知れない相手、と見なされてしまったのかもしれなかった。

 それか、試験委員会から目をつけられてるがゆえに、組むと落ちるかも、とかそういう感じかも知れないが。

 何にせよ、これではメンバーどころではない。 

 俺はため息を吐き、それから覚悟を決めて樹に言った。


「……仕方ない。二人で頑張るか」


「ごめんね……僕のせいで」


「そういうわけじゃない。それに、まぁ、多分大丈夫だから気にしなくていいさ」


「……そうなの?」


「あぁ。戦闘にはそこそこの自信はある。少なくとも、さっきの《先輩》みたいなのが二人増えるくらいなら、俺たちだけの方がいいさ」


「それは違いないね」

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