第140話 試験官

 続々と、受験者たちが《瘴毒の穴蔵》へと入っていく姿を、試験官たちが見つめていた。

 実技試験の最高責任者である加藤玄も同様で、厳しい表情で受験生たちを見つめているその顔からは、感情が読み取れない。

 そんな彼に、試験官の一人である若い男性が尋ねた。


「……今回の試験は、どれくらいの合格者が出るんでしょう?」


 すると加藤はチラリ、と瞳だけを試験官の方へと向ける。


「お前はどう思っている?」


「僕ですか? 僕は……やはり、かなり少数になるのではないかと……」


「それは、例のことがあるからだな?」


「ええ……受験者たちは知りませんが、今回の試験から、昇格試験はどの級も難化しています。特に、E級昇格試験は……今まででしたら、冒険者として最低限の能力があると確認出来れば合格できていましたが、今回は……」


 最低限の能力、と言っても勿論簡単なことではない。

 冒険者としての知識、そして単純な実力がそこまで達することが出来ず、落ちる受験者たちの数は、毎年八割にも上る。

 昇格試験の中でも、最も合格率が低いのが、実はこのE級昇格試験なのだ。

 しかし、今年はそれに輪をかけて難しくなっており……筆記はともかく、実技は段違いに厳しくなるだろう。

 そもそもここ、《瘴毒の穴蔵》などが選ばれた時点で言うまでもない話かもしれないが。

 

「まぁ、その予測は正しいだろうな。国からは合格者の数をおよそ前回の四分の一程度に抑えるように言われている。それに見合った試験にしたつもりだ」


 加藤はそう答えた。

 彼は実技試験の最高責任者であり、内容の立案から全て担当している。

 公務員であり、冒険者省に務める冒険者で、かつB級という高位冒険者にはそのような仕事まで含まれる。

 それにしても、加藤のこの台詞を聞き、試験官の男性は驚く。


「よ、四分の一ですか!? 流石にそこまでとは……前回の四分の一と言うと、五十人も受かればいい方ということになりますが……」


 毎月行われている試験である。

 それだけに、一度の試験で二百人も受かれば、年間でおよそ二千人を超える。

 冒険者に任される依頼の中でも、E級冒険者が受注できるものは多岐に渡り、実際、依頼が最も多いランクがE級である。

 大量に必要とされる素材などは、E級が集めるものこそが最も流通しているからだ。

 だからそれなりの数が全国に行き渡ることが求められているが、年間六百人程度しかE級が生まれないのでは……。


「そういうことだな。ただ、これは仕方のないことだ。《転職の塔》が現れてから、迷宮に出現する魔物は強くなってきているような感触がある。浅層は幸い、そのようなことはないが……現状、今までの基準でE級を選んでいると、おそらく犠牲者の数が増えるだろう。だから、あくまでもその辺りがはっきりと調査がされるまでの繋ぎとして、この一年程度は合格者を抑えたいということだった。先のことはそれほど心配する必要はないだろう」


「……そういうことですか」


「まぁ、国も冒険者になろうという勇気のある者には可能な限り死んでほしくないのだな……とはいえ、危険に陥ってもなお、帰還する判断が出来ない者についてはその限りではないが」


「麻痺や毒がきつい迷宮です。そういった判断をするタイミングも難しいですが……」


「浅層……三層くらいまでであれば、逃げるくらいのことは可能な弱毒しか使ってこないからな。死亡の危険はかなり低いだろう。勿論、ゼロではないが。いざとなれば追跡員が駆けつけることも出来る」


「かなり普段より追跡員は多く確保していますから、その辺りは確かに」


「そうだな。まぁ、面倒な話はこれくらいにしてだ。今回の試験、合格するやつはこれから先、面白いと思うぞ」


「……難関をクリアした、有望株になるから、ですね?」


「そういうことだ。ここ最近、若手から面白いやつが出てきてるからな。流石に白宮雹菜は別格だが……それ以外にもポツポツとな。今回の試験でも、そう言うやつが現れることを願うよ。何よりも、人類の未来のためにな」


「……魔境をこれ以上増やさぬようにですね」


「そうさ。あのようなもの……これ以上、増やしてはならないのだ……」

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