第138話 出発

「……じゃあ、行ってくるよ」


 創がそう言って、玄関に向かう。

 私、白宮雹菜はそれを見送る。


「はい、行ってらっしゃい……行ってきますのキスは、いる?」


 どこか緊張した様子の背中に向かって冗談めかしてそう言ってみれば、


「え!? い、一体ななな何を言ってるんだよ……」


 と耳まで真っ赤にして驚く姿はかわいらしかった。

 

「冗談よ、冗談。でも、ほら。緊張は解れたでしょう?」


「……なんだ、気づいてたのか?」


「そりゃあ、いつもと違ってガチガチだからね。気持ちはわかるけど……いつも通りにやれば、E級昇格試験なんて、今の創には楽勝よ?」


「そんなわけないだろ。あっ、あれか。そうやって俺が油断するかどうか試してるんだな……さすがにギルドに所属して、これでもプロ冒険者になったんだ。今更そんなことで俺は油断したりはしないぞ!」


「いえ、そういうわけじゃ……」


「まぁ、とにかく行ってくるよ。合格、願っておいてくれ!」


「ええ……行ってらっしゃい」


 そして、慌ただしく創は出発していった。

 しかし、残された私は一人つぶやく。


「……楽勝なのは、紛うことなき本音なんだけどね。考えてみれば、創の周りにいる冒険者って、ほとんど有望株ばかりだったから、気づいてないのかしら……?」


 私はこれでB級だし、紬たちはC級でもほとんどB級に近いと言われる実力者たちだ。

 慎くんや美佳も、あれでE級なんてことはまるで信じられない実力がある。

 梓さんなんかはもはや別次元だし……。


「……何かやらかしそうな気がしてきたわ。ま、いい宣伝になればいいんだけど……」


 ともあれ、私は彼の合格については一切心配していなかった。

 発表には一週間ほどかかるが、祝賀会の準備でもしておこうかな、と思ったのだった。


 *****


「……創っ!」


 三鷹駅につくと、そこには大勢の受験者たちがそこら中にたむろしていた。

 若干、駅の通常の利用者には邪魔な感じがするが、そのあたりは考えてある程度、位置を考えてずれている。

 一般人に可能な限り迷惑をかけない、というのは冒険者にとって重要なマナーであるからな。

 そんな中で、俺の姿をすぐに見つけてかけよってきたのはもちろん、先日知り合いになった受験者である、樹だ。

 今日は先日とは異なって、しっかりとした武装に身を固めている。

 筆記ではないから、当然だ。  

 メールにも装備の類いは持参するか身につけてくるように、と書いてあったからな。

 治癒術士の割には結構しっかりとした武装で、杖ではなく普通に剣を腰に差している。

 防具も軽鎧を身につけていて、軽戦士、と言われた方が納得できるような格好だ。

 まぁ、たぶん、治癒術士だと露見しないようにカモフラージュもあるんだろうが。


「あぁ、樹。もうついてたのか」


「こういうのは早めに着いてないと落ち着かないたちなんだよ。創はちょうどいいくらいだね。もう十五分くらいが集合時間だし」


「俺ももう少し早く来たかったんだけど……」


 玄関での雹菜とのやりとりでちょっと時間がかかってしまった。

 今日に限って、結構積極的にからかってくるものだから、余計に焦ってしまってなんだか妙にぎくしゃくしてしまったのだ。

 ただ、その代わりにもう朝起きたときに感じていた緊張のようなものは抜けていた。

 そんなことよりも雹菜の言葉とかの方がよっぽど強く脳裏に浮かんでくるものだから……色ぼけで挑んで死んだらひどい話なので、その辺は試験中はしっかりと忘れなければなと思う。

 そんなことを考えている俺に、樹は首をかしげて、


「何かあったの?」


 と聞いてくるが、こんな情けなくて恥ずかしい話はできないので、俺は真面目な顔で首を振り、


「いや、たいしたことじゃない」


 そう言ったのだった。 

 それからしばらく雑談をしていると、試験官が受験生たちを呼び込む。

 バスが数台停車しているところで、


「E級昇格試験を受験される皆さん! こちらへ!」


 と言っていて、


「じゃあ、いこっか、創」


 と樹が言ったので、俺はうなずいて、


「あぁ、そうだな」

 

 そう言って、一緒にバスに向かったのだった。

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