第131話 梓の伝えたいこと

「地球の出身じゃないって……」


 急にこの人は何を言い出すのか、と思った。

 《オリジン》についてだけでなく、この世界の出身でないとは……いや、別におかしくはないのか?

 今、この世界に唐突に迷宮なんてものが現れて、そこには一体どこに起源を持つとも知れない魔物どもが跋扈しているのだ。

 たとえ宇宙人がすでにやってきていたとしても、それ自体はおかしくはない。


「言っておくが、わしは宇宙人ではないからの? いや、広い意味で言えば宇宙人じゃろうが、それは地球人も宇宙に住んでるのだから宇宙人だ、とかいう広義の意味でなら、じゃな」


「……じゃあ地球出身ではないってどういう意味だよ? 他にどんな……」


「お主だって漫画やSFくらい見るじゃろうが。少し考えれば分かるのではないか?」


 言われて、それこそ少し考える。

 梓さんは、「この」世界、「この」地球出身ではない、と言っていた。

 それというのはつまり……。


「……パラレルワールド? そんなまさか……」


 存在するかどうか、否定も肯定もできないとされるそれ。

 しかし、だということは存在する可能性は現代科学でも否定できないということに他ならないわけで……。

 でも、こうしてそんなところ出身だと言われても、頭がどうかしたとしか思えないのも事実だ。

 だが、梓さんはこういうところで冗談を言うタイプでは……ないこともないけど、今彼女の目を見るに、嘘を言っているような雰囲気ではない。

 実際、梓さんは言う。


「わしには科学的なことは分からんが、この世界とは別の世界、別の地球は存在する。わしがそこから来たのは、確かじゃ。まぁ、そちらは別に地球と呼ばれていたわけではないが……」


「待ってくれよ……頭が追いつかない。それに、だとしたらどうして梓さんは地球に? それにそのことを桔梗たちは知ってるのか……?」


「古い話じゃからの。今の里ではわし以外、誰も知らんよ。皆、昔からこの地球に住んでいたと、そう思っとる。というか、事実としてそうじゃしな。今、里で生活している妖人は、皆地球で生まれ、地球で育った純地球産のみじゃぞ」


「じゃあ、《オリジン》であるのも?」


「わしだけじゃ。そもそも《オリジン》であるためには、力の発現を道具に頼ってはならぬゆえな」


「道具って……桔梗とか、何か道具を持ってたか?」


「持ってたとも。この里の者たちは皆、霊力を使うのに道具を……霊具を必要とする。これにわし以外の例外はない。桔梗も目立たんが霊具の腕輪をしておる。それを媒介に、霊力を体外に放出するわけじゃな……」


「……霊力については分かったけど……俺は? というか、スキルの術は、別に道具の媒介なんて必要としないけど。それじゃ《オリジン》にはなれないのか?」


「魔力の場合は、少し分かりにくいが、スキルがその道具として働いておるようじゃな。要は、自らの力のみで、力を扱わねば《オリジン》とは呼べぬと言うことじゃ」


「その理屈が正しいなら納得できるけど……どうしてそんなこと」


 そうだ。

 なんで梓さんはそんなことを知っているんだ?

 いや、いわゆる異世界人になるから、そっちで得た知識、ということなんだろうが……。


「疑問は理解できるし、答えてもやりたいのじゃが、まだ《時》ではないゆえ、答えられぬ。すまぬな」


「《時》って、何の《時》だよ……」


「いずれ分かるとも。わしがこの地球にやってきた理由※∵◯♪∮♭★⇔∞§■……あぁ、やはりダメじゃな」


「な、何だよ今の!?」


 梓さんの声が途中から聞き取りにくくなった。

 いや、何かノイズがかかったように、めちゃくちゃな音声で聞こえてきた。


「まだ話すべきではない、と思ってるのはわしではないということじゃな。ま、今はいいじゃろ。とにかく、わしが話したかったのは……頑張れってことじゃな。お主の肩には結構重い物が乗っかってるのじゃ。じゃから潰されんようにな、と」


「重いものって……」


 今まで、俺はただラッキーで《オリジン》となり、特別な力を得られたのだとどこか無邪気に喜んでいた。

 強敵に遭遇しても、強くなるための試練だと思えば、命懸けの戦いでもそこまで恐怖にかられることはなかった。

 しかし、今、梓さんが語っているのは、そういう感覚とは根本的に違う、何かだ。

 それがなんなのか、明確には理解できないが……俺は急に《オリジン》という称号に恐ろしさを感じた。

 そんな俺の怯えを梓さんは察したのか、少し苦笑して、


「急に恐ろしくなるような話をしてしまったようで、悪かったのう。まぁ、色々言ったがそこまで心配はせんでよい。今まで通りでな。ただ、後で後悔せぬように精一杯やればいいのじゃ。それだけが言いたかった。ついでに、何かその力で困っても、わしなら相談に乗ってやれるとな」


 そこではじめて、梓さんの瞳の奥に覗く深い年月を感じた。

 それは大きく包み込むような優しさに満ちていて……でも、少しだけ寂しいものだった。

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