第130話 二人の話
木造の舞台の上で、狐耳の少女が踊っている。
暗闇をぼんやりと照らすように篝火の炎がいくつもあって、その中に様々な動物の耳をつけた人々が立ち、その踊りを眺めていた。
彼らには尻尾もあって、まるで全員が仮装しているかのようだが、実際に彼らのその耳や尻尾は本物であることを俺たちはすでに知っている。
「……桔梗があんなもの踊れたんだな」
俺もまた、そんな妖人の間に混じって、その踊りを見つめていた。
独特な緩急の、琴や笙、鼓を使った音楽が厳かな雰囲気を形作っている。
「わしが教えたものじゃな。古い神楽じゃ……古い、古い、な」
梓さんが答えた。
その瞳に宿っているものは、不思議なものだった。
懐かしさ?
いや……少し違うような気もする。
遥か遠く、もう手に届かないようなものを見つめるような……そんな視線のような気がした。
だから俺は、
「梓さん……何か思うところが……?」
「ん? いや、まぁ、大したことではない。それよりもこうして二人きりなのじゃ。ほれ、わしに何か言うことはないか?」
と梓さんは突然言ってきた。
俺はまるで心当たりがなく、首を傾げ、
「……なんの話だ?」
と本気で尋ねる。
すると梓さんは、スッと近づいてきて、
「……なんじゃ、いい年頃の男女がこのような良い夜に二人……言うことなど決まっておろう……」
などと言いながら、唇を尖らせてさらに近づいてくる。
しかし、俺はそんな梓さんの額にチョップを入れ、
「流石に冗談だって分かるから。そもそもあんた、幾つだよ……それに夫だっているだろ?」
と言った。
桔梗の祖母なのだから、当然そうだろうと思っての言葉だったが、俺はこの後、少し後悔する。
「年のことは言うでない。夫はのう、だいぶ前に逝ってしもうた」
「……それは悪かった」
「夫のことはいいぞ。というか、話を振ったのはほとんどわしじゃからのう。じゃが、年のことは許さん!」
「……そっちも悪かったって。で、本当に聞きたい話は……」
「あぁ、それはの。お主……《オリジン》じゃろ?」
「えっ」
俺はその言葉に目を見開いた。
「あぁ、いい、いい。隠さんでも。いや、信用できる者以外には隠した方がいいがのう。わしは……まぁ、信用はできんか」
「え、あ、いや……」
あまりに突然すぎて、何と言ったものか迷ってしまった。
そしてそのしどろもどろな感じは、梓さんにとっては読みやすいものでしかなかったようだ。
「これからはこういうことも想定して、どう答えるか考えておいた方が良いぞ。お主は、おそらく今後、世界の視線から無縁ではいられんからのう……」
「梓さん……あんた、一体何を知ってるんだ……?」
《オリジン》のことなど、当人である俺すらも何も知らないのだ。
しかも《地球最初のオリジン》らしいのだ。
それなのに、なぜそんなものをこの人は知っている?
おかしいではないか……。
そんな俺の疑問に梓さんは、意味深に微笑んで、
「色々じゃよ、色々。この歳になれば、知っておることも多い……ま、あまり細かく話してもいいことはないゆえな。言えることは少ないが」
どういうことなのか、よくわからない。
けれど……これはある意味でチャンスなのではないか、と思った。
何のか、というと訳のわからない《オリジン》が一体どういうものなのか、それを知るための。
俺は言う。
「じゃあ聞くけど……《オリジン》って何なんだ? 一体どういう意味がある?」
「そのままじゃな。発端、始まり、起源、源……と言われても分かるまいが、お主はあれじゃろ。魔力を自ら扱うことによって、それを得たんじゃろ?」
「……やっぱり、それが理由なのか」
「うむ。不可視の力……世界に宿る力。それらを自らのものとし、扱い、技術にまで昇華した時……それは《オリジン》と認められる」
「不可視の力? それって魔力以外にもか?」
「そうじゃよ」
「だけど……だとしたら……」
梓さんは、自在に扱っているように見えなかったか?
霊力を……アーツにも記載されてるって言っていたような。
だとしたら……彼女も?
「わしも《オリジン》か、とな。うむ……まぁ、そうじゃな」
「じゃあ、地球最初のオリジンって俺じゃないんじゃ……」
「いや、紛れもなく地球最初は、お主じゃ」
「……それってどういう……」
「そもそもの話、わしはこの世界、この地球出身じゃない、ということじゃな」
「は……!?」
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