第124話 牽制

 少しずつ距離を詰め……そして。


 ーーグオオォォォォ!!!


 《鬼》は唐突に叫び声を上げ、動き出した。


「どう来る……!?」


 先んじて俺たちが仕掛けるという手もあるにはあるが、初手でそれはやめておいた方がいいだろう。

 こういう場合はまず、相手の出方を見るのが定石だ。

 すでに対処法が知られているようなボスモンスターならその既知の動きをもとに戦略を立てられるのだが、この《鬼》はそうではない。

 何せ、一体どんな攻撃に出るのか、それが全く分からない。

 だから、ある程度の動き、パターンを見るまでは……まずは、防御主体だ。

 もちろん、これは余裕がある間にしかできないことだが、追い詰められそうだったら、その前に逃げるのは事前に相談した通りだ。

 《鬼》はそして……。


「跳んだ……!?」


 大きくジャンプし、そして金棒を振り上げる。

 そこには炎のようなものが宿っていて……。


「……範囲攻撃! 散開!」


 雹菜の声に従い、俺たちは大きく広がった。

 相手の数によっては危険な動きになるが、あくまでも今回の敵は《鬼》一人。

 《鬼》の金棒が地面に叩きつけられ、大きく地面が揺れる。

 さらに、そこから四方に向かって炎柱が立ち上った。

 

「雹菜の予測通り、範囲攻撃……!」


「大丈夫、これなら私が対処できる!」


 雹菜がそう言って、手を掲げ、そこから冷気が発せられ、炎柱を消し飛ばした。


「《炎術》は役に立たなそう……私は援護に回るね!」


 美佳がそう言って、俺たちに補助魔術を飛ばしてくる。

 美佳の職業である《炎術士》は《炎術》に特化した術士系職業で、最初のうちは《炎術》かそれに近いスキルしか覚えないだろう、と思われていた。

 しかし、美佳がそれを鍛えていく中で、補助術も少し覚えたのだった。

 強化率は本職の補助術士系統ほどではないが、それでも掛けられる方としては、かなり体の感覚が違ってくる。

 ぶっつけ本番でこれを使えば、その違いからうまく動いたりできなくなるほどのものだが、俺たちは何度か模擬戦などをして、ある程度掴んでいるものがあった。

 だから……。


「……牽制に少し攻撃してみる!」


 俺は前に出てみることにした。

 多少、危険な選択ではあるが……俺には《天沢流魔術》がある。

 過信するのは良くないが、防御系のスキルも、いくつか迷宮に潜っているうち、他人の使用しているものを見て身につけていた。

 それらも案の定、通常使用よりも効率がいいのか強度が高く、さらに魔力を任意に多く注ぎ込んだりすることによって、さらに強化することも可能にしていた。 

 それなりの負担はあるが、雹菜の本気の一撃ですらも、なんとか耐えられる程度には鍛えている。

 だから、いけるはずだ……。

 そう考えて、俺は補助術のかかった自らの体に、さらに重ねて身体強化をかけ、《鬼》の方へと走った。

 そして、剣を振り上げ……。


「うぉぉぉぉぉ!」


 打ち込んでみた。

 鬼は俺の方に視線を向け、地面に突き刺さった金棒に力を込め、抜く。

 そして目の前に構えた結果、


 ーーガキィィィン!!


 と俺の剣は弾かれて、吹き飛ばされた。

 《鬼》の金棒の一振りは確かにその巨体に見合った力だったが、俺のステータスは十分に上がっている。

 それに加えて、身体強化も乗っかっているから、この程度で済んだ。

 それに……。


 ーーボフッ!


 吹き飛ばされた俺を、柔らかい感触が受け止めてくれる。

 少し視線を後ろにやるとそこには、


「……ちょっと無茶よ」


 苦笑している雹菜がいた。

 ただ、言葉ほど信用していなかったわけではないことは分かる。

 彼女も俺の防御力は知っているからだ。

 俺は彼女に言った。


「だけど、色々見れたろ?」


 そのための牽制だ。

 これには真剣な顔で、


「それは収穫だったわ……見かけ通り、あんまり速度はなさそう。これなら、私たちでも十分戦えるわね」


 そう言ったのだった。


 *****


後書きです。

なんか公開後に下書きに戻しちゃったみたいで、今公開しました。

申し訳ないです。

よろしくお願いします。

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