第123話 妙な品

「……なるほど、ここのボスは……」


 入ると同時に、その存在が目に入った。

 人間よりも遥かに大きな体躯と発達した筋肉を持つ、しかし人型の魔物。

 

「《鬼》ってわけね」


 雹菜が俺の言葉の跡を継いで答えた。

 彼女の言う通り、ボス部屋の中心で動かずにこちらを見つめているその魔物は《鬼》という他ないものだった。

 

「オーガとは何が違うの?」


 美佳が尋ねてきたので、これには雹菜が答える。


「見た目はかなり似ているけれど……オーガはあそこまで真っ赤な肌をしていないし、角の形も違うわ。オーガのはどっちかというと真っ直ぐに近かったけど、あそこにいる魔物のそれは側頭部から弧を描くように生えているし。あと、ものすごく直感的な話になるけど、あれって鬼っぽくない?」


 その指摘には美佳も頷かざるを得なかった。

 と言うのも……。


「履いてるパンツは虎柄だし、地面に突いてるのは金棒だもんね……まぁ、鬼だね」


 そう言った。

 俺たち日本人にとっては極めて分かりやすい《鬼》の姿をしている、と言うわけだ。


「加えて、この迷宮に出現してる魔物は日本の妖怪系だからな。オーガがいきなり出るって感じでもないだろ」


 これは慎の台詞である。

 確かにそれもまた根拠の一つになるだろう。

 

「確かにね。ま、もしかしたら《鬼》と《オーガ》は近縁種……どっちかがどっちかの亜種、かもしれないけどね。見た目はよく似てるわけだし。ただその辺は魔物学者とかに任せるしかないわ。素材もその辺にいい値段で売れるかもね」


「おっ、それはいいな……だけど、結構強そうな感じだぞ」


 俺がそう言った。

 あの《鬼》から感じられる圧力は結構なもので、五層の《鬼女》の比ではない。

 絶対に勝てないほどか、と言われるとそうではないとは思うのだが……。


「希望的観測はよくないけど、私たちにもやれるレベルだと思うわ……それに、ちょっと気になるのよね。あれ、みんなもそうでしょ?」


 雹菜はそう言って、《鬼》の方……より正確に言うなら、《鬼》の背後を見た。

 そこには何か祭壇のようなものがあって、何かが奉納されている。

 《鬼》はそれを守っているような形で立っているのだ。

 あれは一体……。


「普通に考えるなら、ボスを倒したご褒美、ってことだよな。普通のドロップとは違うけど、こういう場合も中にはあるんだろ?」


 慎がそう言うと、雹菜が言う。


「ええ。深層の特別な魔物が、何かを重要な宝物のように守っていた、ということは今まで何件か報告されているわ。結果手に入ったものは、聖剣とか、スキルオーブとか……まぁ、少しレベルの違う宝物であることが多いの。あの《鬼》が守っているものもそうであるならば……」


「一攫千金ってわけですね! よし、頑張って倒しましょう!」


 調子良く言っている慎に、美佳が、


「あんたそれで前みたいに死ぬ寸前の怪我とか負うのはやめてよ? 回復薬はあるけど、いつも間に合うとは限らないんだから……」


「分かってるって。流石に俺もあれで懲りたからな。やばくなったらさっさと逃げるよ。雹菜さん、それでいいですか?」


 これに雹菜は頷いて、


「ええ、殿とか必要になるほどになったら、それはギルドリーダーの私の役目だからね。みんなは可能な限り、早く逃げること。私も死ぬつもりはないから、そう言う時は三十六計逃げるに如かず、を旨にやるから、私にも置いてかれないようにね」


 冗談めかして言ったが、嘘ではないだろう。

 仲間であることは間違いないし、誰も見捨てる気はないが、誰も生き残れないかもしれないような状況で逃げることが可能なら、その時は命を優先すべき。

 そういう話は常日頃から俺たちはしている。

 誰もそこに不満はない。

 実際にそんな場面が来たら、どこまでその理念を貫けるかは微妙なところだけどな……誰も逃げない可能性もある。

 ま、ともあれ……。


「じゃあ、みんな、やるわよ!」


 雹菜の号令に、俺たちは構える。

 そして《鬼》が動き出す間合いを探りに、ジリジリと距離を詰めていった。

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