第120話 VS鬼女

「……まずはどうするつもりかの」


 梓さんが、そう言った。


「梓さんみたいに一応、招かれてから油断を誘うのが一番簡単そうだけどな」


 俺がそう言うと、彼女は、


「確かにそうじゃが、あれは結構時間がかかるからのう。それに、男女が一緒にいるとああいう手合いはおそらく……ほれ、見てるといい」


 と言って顎をしゃくった。

 そこには屋敷に近づき、声を掛ける慎と美佳の姿がある。

 しばらくすると、そこがからり、と横に開かれ、中から確かに女性が現れた。

 着物姿のどことなく艶やかなタイプで、その視線は慎に向かっている。

 しかし、その隣にいる美佳の姿を見るや、クワッ!という感じで表情が大きく変わった。


「……あれって、どういうこと?」


 少し離れた地点から見ているので、あまり声は聞こえない。

 雹菜がやりとりが気になったようで、そう尋ねると、梓さんは言った。


「男を招いて喰らう、そう伝えられるタイプの妖怪というのは、大体、カップルに対して厳しいものじゃからな……さらに言うと、同性に対して厳しいものじゃ」


「……でも、梓さんは……」


「わしはほれ、狐扱いじゃろ」


 そう言って耳と尻尾を示す。


「なるほど、狐鍋にしたかった、と」


「わしなど食っても筋張ってばかりで美味いとは思えぬが、まぁ、自慢の尻尾は加工すれば良いマフラーになるじゃろうからな。そういうことかもしれん」


 冗談なのか本気なのか、そう言ってかっかっか、と笑った。


「あっ、なんか角が生えてきたわよ。しかも、殺気がすごい……」


 話しながら見ていると、女……いや、鬼女か。

 その額からニョキニョキと角が生えてきて、妖気のようなものが噴き出す。

 そして、爪も伸び、表情も完全に人が浮かべるものではなくなった。

 そこで、慎と美佳は距離を取り、武器を抜く。

 慎は剣を、美佳は杖をである。


「さぁ、お手並み拝見かの」


 梓さんがそう呟くと同時に、鬼女が地面を踏み切り、二人に襲いかかった。

 とは言っても、その狙いは慎ではなく、美佳の方だった。

 やはり、同性に対して厳しい、と言うのは事実らしい。

 腕を振り上げると、そこには長く伸びた爪があった。

 それを持って、美佳を切り裂こうと、そういう判断なのだろう。

 しかし、そこに慎が割って入る。

 万能型らしく、いくつものスキルを持つ慎は、防御に回っても立ち回りが上手い。

 しかもその職業は《騎士》。

 剣を自らの前に構えると、その瞬間、彼と美佳の前に少し黄色がかった、透明な膜のようなものが生じた。

 鬼女の爪が、そこに命中すると、切り裂かれることなく弾かれて、鬼女はずざざ、と後ずさる。


「あれは《軽障壁ライト・バリア》、ね。騎士系の職業で確認されているスキルの中でも、使いやすいものだわ」


 雹菜がそう言った。

 スキルは職業が出現してから、少し定義が変わった。

 以前は、ただスキル、と言っていたり、戦士系と魔法系の二つに大別されていた。

 しかし、今は徐々にではあるが、職業別に覚えやすいスキルというものが判明してきており、それが冒険者省や大規模ギルドなどでデータベース化されつつある。

 そのため、職業に《〜系》とつけた、《〜系スキル》という言い方が一般的になりつつあった。

 《軽障壁》だとて、職業が出現する前は、別に何の職業についていなくとも覚える人間も普通にいたのだ。

 とはいえ、それはそう簡単なことではないのは言うまでもない。

 けれど、職業につくと、かなり難易度は下がってくるのだ。

 慎は数々のスキルを元々身につけていた男だが、《軽障壁》については覚えていなかったはずだから、騎士についてから覚えたのだろう。

 そして、そんな彼に守られつつも、その後ろで集中していた美佳の杖の先から、光が放たれる。

 オレンジ色の、炎の塊で、それは慎と慎の作り出した障壁を抜けて、鬼女へと向かった。


「……中々の炎じゃ。火に深い親和性がなければ、あれほどのものは作れまいな」


 梓さんがそう言って称賛する。

 実際、その炎は鬼女に命中すると、その恐ろしげな魔物は苦しげに身を悶えさせ、悲鳴を上げた。

 

「……これで終了……ってわけには、いかないんだろうな」


「ボスクラスはそんなに簡単ではないわ。たとえ、五層くらいの魔物であっても、ね」


 雹菜が呟いた通り、炎が晴れた後、そこにはまだ健在な鬼女の姿がある。

 まだ、戦いは始まったばかりだった。

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