第119話 五層、ボス部屋

「……ボス部屋、か」


 俺たちはあれから迷宮を進み、ついに五階層まで辿り着いた。

 三階層までに出現していたのは主にカッパだったが、それ以外に小豆洗いとか、雪女とかも現れた。

 全体的に統一性がない気がするが、《妖怪》という意味では統一されている。

 このような魔物が出現する迷宮は他に類がなく、雹菜は驚いていた。

 報告すればそれだけで結構なお金になりそうだ、と。

 ただ梓さんの話によれば、政府にはある程度既に報告しているため、情報の価値はそれほど高くないだろうと言うことだ。

 ここの存在を知らない冒険者に伝えるならまた話は別になって来るが、それは妖人の里と妖人のことを教えることにもなってしまう。

 流石にそこまで仁義を欠くほど落ちぶれてはいない。

 大体、そんなことしたら梓さんが恐ろしいと言うのもあるな。

 彼女の実力は、雹菜の見立てによるならS級に匹敵すると言うのだ。

 そんなものは俺たちのような零細ギルドが総力を挙げて戦ったところで勝てないと言うことを意味する。

 そんな相手の機嫌を損ねるようなことをするはずがないのだった。


 ところで、そんな俺たちの前に現れたのは、大きな屋敷である。

 五階層の最深部になるが、そこにはまるでマヨヒガのような怪しげな館がぽつり、と竹林に囲まれて建っているのだ。

 竹林に囲まれたあたりはそこそこ広い円形の空間になっていて、そこには何か妙な気配が宿っていた。

 あそこに行ってはならない。

 そう感じさせるものだ。

 それは間違いなく、ボス部屋の前に立った時の感覚で、つまりこの竹林を抜けてあの円形の空間に入ると、それがボス部屋に入場したことになるのだろう、と思われた。


「皆のもの、準備は良いか?」


 梓さんが尋ねてきたので、俺は尋ねる。


「ちなみにだけど、ここには何が出るんだ?」


「正確には分からんが、おそらくは山姥……鬼女の類じゃな。入ると、屋敷の中から女が現れる」


「女……会話とかは?」


 慎が気になったのか尋ねると、梓さんは言う。


「出来なくはない、というかしてみたのじゃ。屋敷の中に招き入れてくれるが……」


「が?」


「出てくる茶には毒が入っておった。睡眠系のものじゃな」


「えっ、大丈夫だったんですか、それ」


 美佳の質問に梓さんは、


「たいていの毒はわしには効かぬゆえな。ただ、その後どうなるか気になって……かかったふりをして狸寝入りをしたんじゃ」


「狐の妖人なのに狸寝入りとはこれいかに……」


 俺のボソリと呟いた言葉に梓さんは苦笑して、


「これ、茶化すな。まぁ、わしもちょっとそのとき頭によぎったがな」


「余裕があるな……」


「それはそうじゃ。別に毒にかかったわけではないのだから。で、しばらくすると台所の方から刃物を研ぐ音が聞こえた。そちらを見てみると、先ほどの女が鋭く包丁を研いでいるではないか」


「……あー、展開見えたわ。というか、まるきり昔から伝わってるような怪談ね……」


 雹菜が頷きつつ言うと、梓さんも深く首を縦に振って、


「その通り。包丁を研ぎ終わると、戻ってきて、で、わしの息の根を止めようと殺気をギラギラさせて、包丁を振り下ろしてきたので、そこで起き上がって返り討ちにしてやったというわけじゃ」


「……簡単に言うけど、強さは?」


 正直、梓さんはかなり強く、彼女が簡単に屠れる、というだけでは判断材料にならない。

 だからこその質問だった。

 これに梓さんは、


「膂力は相当のものじゃったぞ。とはいえ、わしは別に組んだりはしないタイプなのでな。少し距離を取って、狐火で焼き尽くして終わりじゃ」


「……うーん、どうしたものかしら」


 雹菜がそう呟いたのは、誰が戦うか、ということを考えてのものだ。

 基本的に、梓さんには露払いをしてもらっているが、ボスとなると少し話が違ってくるからだ。

 魔物は倒せば倒すほど、ステータスが上がる。

 そしてその相手は、強ければ強いほど上昇率は高い。

 その上、ボスともなれば、さらにだ。

 だからこそ、倒せるのであれば、俺たちギルドのメンバーで倒したい、というのが本音だった。

 ここからさらに迷宮を五階層降るのだから、その間に梓さんに露払いをしてもらえば、ここで多少疲労しても十階層までには回復するだろう。

 今回は、回復薬もそれなりに持ってきているし、よほど致命傷にならなければなんとかなる目算もあった。


「……お主らであれば、普通に倒せると思うぞ。そうじゃな……慎と美佳、おぬしら二人でやれば、ちょうど同格、と言った程度か」


 梓さんがそう言った。


「えっ、本当ですか?」


 慎の言葉に梓さんは頷いて、


「うむ。どちらか片方だけであれば厳しかろうが……さっきも言ったように術には弱かったからのう。膂力は高いが、技術があるわけではなかったし……まぁ、ここまでいえば、戦い方の想像もなんとなくつくじゃろ?」


「はい……じゃあ、そうだな……雹菜さん、俺たち二人だけで戦わせてもらってもいいですか?」


「いいけど……大丈夫? 難しそうだったら私たちも割って入るわよ?」


「それで大丈夫です。美佳もいけるか? 無茶だったら……」


「大丈夫だよ! 最近、創には置いてかれそうだし、雹菜の実力は遠いしで、なんとかステータス稼ぎたかったし!」


「俺も同感だぜ……じゃあ、みんな、行ってくるよ!」


「慎、美佳……気をつけろよ」


「おう、見てろよ創。俺たちもやれるってとこ、見せてやるからな」


 そして、二人は先へと進んでいく。

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