第118話 梓の実力

 そこからは、紬と美柑さんに混じって、梓さんも戦った。

 彼女の戦いぶりは正直、圧巻と言っても良いものだった。

 カッパが出現すると同時に、手を軽く掲げると、そこから紫色の炎が出現して、一瞬で焼き尽くしてしまうのだ。


「……あれってなんなんだ?」


 その場に出現したカッパを全て倒した後に皿を拾いつつ尋ねてみると、梓さんは答える。


「妖人の中でも、わしらの一族が得意とする霊術……《狐火》じゃよ」


「ってことは、桔梗も使える?」


 尋ねると、これには桔梗が答えた。

 彼女もまた、迷宮の中には来ている。

 本人が来てみたそうだったのと、通常の妖人なら、どの程度で霊力が使用不可になるのか、その目安として、という意味合いもあった。

 梓さんがいるなら、いざというときでもどうにかなる、という目算もあってのことだ。


「使える。でも、ばあちゃんの力はちょっと、桁が違う。私が使っても、こんなもの」


 そう言って彼女は手を伸ばし、火を出現させた。

 色合いは普通の炎の色……つまりはオレンジ色で、しかも余り大きくはない。

 《炎術》的にいえば、ギリギリ《中級炎術》クラスの大きさかな。


「大きさ的には梓さんのと変わらないけど……」


「威力が全然違う。私がこれをカッパに当てても、多分、ちょっと火傷するくらいだと思う。それに、ここにいると、もうすでに結構霊力が使いにくくなってきてるから……」


「あぁ、やっぱり本当に妖人はこの迷宮にいると厳しいのか」


「うん。霊力が使いにくいのと……なんでか、体力までなくなってきてるような気がする……」


 少し息が荒くなってきているようだった。

 これには梓さんが、


「それは気のせいではないな。わしら妖人は、生命維持に霊力を使っておるゆえ。それが減少すると、死ぬことはないにしても、衰弱していくのは事実じゃ」


「えっ、大丈夫なのか、桔梗は」


「まぁ……桔梗も、三階層で紬たちと一緒に戻った方が良かろうな。わしは十階層まで案内せねばならんが。それで良いな?」


 出来れば潜れるところまで潜りたい、と桔梗は言っていたが、流石に実際に体験するとそうも言えないらしかった。

 殊勝な顔で頷いて、


「……分かった。仕方ない。里でみんなが戻ってくるの、待ってる……」


 そう言ったのだった。

 

 *****


「じゃ、私たちはこの辺で。気をつけて進みなさいよ!」


 三階層に辿り着き、紬がそう言った。

 続けて美柑さんが、


「力及ばず、すみません。どうにも、力の制御が利かなくなってきていて……」


 と言った。

 確かに、三階層まで来て、二人の戦いぶりは二階層までと比べて精彩を欠くようになりつつあった。

 それでもまだ、カッパ程度ならなんとかなってはいるが、このまま同じ程度に力が減衰していけば、いずれ決定的な自体に至る可能性がある。

 冒険者は何よりもまず、命を大事にすべきで、それを考えるとここで戻るのは必要なことだろう。

 

「無理は良くないから、いいのよ。私たちは大丈夫っぽいし……梓さんも平気そうなのは意外だけど」


 実際、梓さんについては、今のところ何の問題もなさそうだった。

 彼女と同じ一族であるはずの桔梗は、


「……もう、ムリ……」


 とかなりのグロッキー状態にあるのに、けろっとしている。

 これが、彼女と梓さんの力の違いなのかもしれなかった。


「……別に私たちでなくても、梓さんだけでなんとかなったんじゃないのかしら」


 ぼそり、と雹菜が言ったので、俺は尋ねる。


「……やっぱり、相当に強いか?」


 これに雹菜は頷いて、


「こんなに底が知れなさそうな人に出会ったのは、S級を目の前にしたときくらいだからね……少なくとも、地上で戦ったら私は勝てないのは確実だわ。いえ、ここで戦っても……無理だと思う。本当に力が減衰してるのかしら……?」


 と答えていた。

 それから、紬たちは地上に戻っていき、それを見届けてから梓さんが、


「では、先に進もうか。ここから先は、魔物の傾向が変わる故、気をつけるのじゃぞ」


 そう言って、ずんずんと前に進む。

 その後ろ姿はここにいる誰よりも元気そうで、


「……お年寄りにはとてもじゃないが見えねぇな……」


 と、慎が苦笑しつつ呟いていたのだった。

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