第117話 カッパ素材
「……よし、っと……こんなところかな」
ふう、と息を吐いてそう呟いたのは紬だ。
「一階層にしては手強い相手でしたね。結構ここ、レベルの高い迷宮かもしれません」
応じたのは美柑さんだ。
彼女たちの足元には、たった今、屠ったカッパたちのドロップ品が落ちている。
「お疲れ。でもそんなに苦戦してなかったと思うけど」
雹菜が近づいてそう言った。
「そりゃそうよ。これでも腐ってもC級なんだからね」
紬の言葉に、
「別に腐ってはいないでしょ」
と笑う雹菜。
「それにしても……ドロップ品、これ、一体なんに使えると思います?」
美柑さんがそれを拾って呟く。
「見事なまでに《皿》ね……食器棚にしまうしか私には浮かばないけど」
カッパたちの落としたドロップ品、それはまさに《皿》だった。
なぜそれなのかは考えるまでもないだろう。
彼らの頭の上に存在しているそれが、《皿》だからだ。多分。
「わしらもそれの扱いには少し困ったが、意外に使い道は結構あるぞ」
梓さんがそう言った。
「そうなんですか?」
美柑さんが首を傾げて尋ねると、梓さんは言う。
「うむ。まぁ最初は普通に皿として使うか、ということで使ってたんじゃが……」
「魔物の頭の上についてた皿で食事ってなんだかゾッとする気が……」
俺がそう言うと、梓さんは笑って、
「まぁカッパの頭についてたそれそのままじゃったらそう思ったかもしれんが、知っての通り、魔物のドロップ品と言うのは微妙に違うからのう。あんまり気にしてもしょうがないと思って、普通に使ってたんじゃ」
これは、魔物のドロップ品……例えば、皮とか肉とかの素材が、その倒した魔物自身に肉体から削られたものか、と言われると必ずしもそうは言い切れないという話だ。
ボスモンスターとかになってくるとまた違ってくるし、倒した魔物の肉体が消滅する前に確保して素材としてしまう場合は話が違うのだが、彼らが消えた後にそこに残るものは、素材として画一的な品質を持っているものが多く、そういうものは、その魔物の素材、ではないのではないか、と言う説がある。
実際そんな感じはするが、もちろん、真実は分かっていない。
梓さんがしているのはそんな話だな。
「気持ちは分かるけど……で、なんで皿としての使用をやめちゃったんだ?」
「どうせ沢山取れる使いようのない、魔物の素材じゃからと、旅館にこれから先勤めることになる、里の若いのの練習用に使わせておっての。その際に、何度となく落とされたんじゃが、一向に壊れる様子がなかったからじゃ」
「なるほど、丈夫……? まぁ魔物の素材なら、納得か」
実際、カッパの皿は、何度か紬と美柑さんの攻撃を弾いていた。
普通の皿の持てる強度ではないだろう。
「うむ、それで真っ当に素材としての活用……武具や防具として加工することにしてのう。盾としてはまぁまぁ悪くないしのう。特に水術系に対しては絶大な防御力を誇る。何せ、吸収してしまうからのう。ほれ」
そう言って、梓さんはスキル《水術》を使い、《皿》に向かって軽く矢の形にして放った。
すると、《皿》はその水の矢を吸収してしまった。
当然《皿》には一切の傷もついていない。
「……これは! 見かけによらず、相当にいい素材みたいね。いくつか確保して、戻ったら鍛冶屋に持ち込みましょう」
「カッパの盾でも作るのか?」
「水術系にこれだけ防御力あるなら、それもいいんじゃない? あんまり大きくないから、直接腕につけててもそんなに邪魔にならないし」
「確かに……」
「あと、美佳も水術系には弱いから、何かうまく加工して防具にできたらって」
「私? うーん、頭につけるのはちょっと……」
「流石にカッパになれとか言わないわよ。ローブの内側に貼るとかね。ま、その辺りは鍛冶屋に相談ね」
美佳は《炎術》系統を得意とするからか、確かに水や氷系統の術に対する対応はあまり得意じゃない傾向はある。
と言っても、強力な炎を生み出せるのでいざとなれば蒸発させてしまえるのだが、雹菜などと模擬戦をしていると、彼女の《氷術》で生み出された氷の矢や槍を蒸発させることはなかなか難しいようだった。
低級の魔物を主に相手にしている今ならともかく、いずれは徐々にそう言うことも増えるだろうから、ある程度、備えをしておくのは重要だろう。
「では、しばらくカッパ狩りでもするかの。三階層までは結構出るから、普通に進んでいけばそれなりの数の《皿》が手に入るぞ。主にわしが倒していくが、《皿》は譲ろう」
梓さんがそう言った。
「いいのか?」
「別に構わん。ここには何度か潜って、それこそ百枚単位で里にあるからのう。十枚くらいあればよかろうて。もっと欲しければ、それこそストックからやってもいいしの」
「じゃあ、頼む……でも、迷宮の中で、体の調子は大丈夫か?」
彼女たち妖人はここではその力を振るいにくくなる。
それが俺たちの来た理由だ。
だからこその質問だったが、
「問題はない……十階層まで普通にいけるからのう。ただ、以前よりも少し、霊力が圧迫されている感じが強まっておる。気をつけねばなるまい」
そう言ったので、とりあえずいけるところまで、彼女に任せることにしたのだった。
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