第115話 迷宮の中へ

 迷宮の入り口となる鳥居の前には、二人の人物が立っていた。

 といっても、《妖の里》らしく、普通の人間ではない。

 頭には動物の耳……犬の耳っぽく見えるものが生えているし、尻からは尻尾が伸びていた。

 服はどうなってるんだろう?

 細かく観察してみたいところだが、流石に失礼に当たるだろうと思って遠慮する。

 基本的にこの《妖人の里》筒里では、妖人たちは自らの本性を隠していないようだった。

 梓さんは例外的なのかどこでもかしこでも耳も尻尾も丸出しで歩いているが、特段気にされてる様子はない。

 本人が言うには、見える相手を意識的に選べる、らしい。

 霊力に基づく力なのだろうが……やり方はさっぱりわからない。

 雹菜も首を傾げていたくらいだ。

 

「……《おさ》! ここにお越しということは、これから迷宮に……?」


 犬耳の人物の一人が、そう言った。

 これには梓さんが答える。


「うむ。連日のお勤めご苦労じゃ。内部で起こっている異変をしっかりと確認しに行く。何もないとは思うが……もしも魔物が出てくるようなことがあれば……」


「はい、里へ知らせに走ります」


「それが良かろう。無理にここで戦うのではないぞ。ここでならともかく、里でなら、それなりの数の魔物相手でも対抗のしようもあるでな。この辺りを魔境にするわけにはいかぬ」


「ですが、《おさ》もお気をつけて。貴方様は里の皆の精神的支柱なのですから」


「そんな大したものではないよ、わしは。では、皆のもの、行くぞ」


 そう言ってとことこと先に向かっていく。

 俺たちはそれを慌てて追った。

 鳥居をくぐる瞬間、後ろを振り返ると、深く頭を下げた二人の妖人の姿が見えた。

 その様子には尊敬の念が感じられ、俺たちからしてみるとふざけた子供にしか見えない梓さんも、しっかりと《おさ》として仕事をしているのだな、と感じられたのだった。


 *****


「……この辺りはやっぱり、なんともないわね」


 紬が鳥居をくぐった直後、そう言った。

 後ろを振り返ればそこには確かに鳥居があるのが見えるが、その先には先ほどまで見えていたはずの二人の犬耳の妖人の姿は見えない。

 別の場所へとこれでも転移している、ということだ。

 つまり、ここはすでに迷宮の中である。

 

「お主らは五階層までならすでに潜っていたんじゃったな」


 梓さんがそう言った。


「ええ。その時は梓さんの案内もなかったから、手探りだったけど」


「悪かったのう。これでもわしにもそれなりに仕事があるゆえ、その時は手が離せなかったんじゃ。で、どうじゃった?」


「三階層くらいからちょっと、精霊力のコントロールが効きにくくなって、五階層では美柑が酷いことになったわね。だから私たちが戦力として期待できるのはみんなその辺りまでだと思って。三階層で帰るから、そこまでの魔物の相手は私たちがするから」


 つまり、彼女たちは露払いとしてここに来ているのだった。


「ありがたいけど、いいの?」


 雹菜が尋ねると、紬は頷く。


「いいわよ。報酬は最初から拘束日で決まってるから減ったりしないしね」


「でも、魔物のドロップ品とかは倒した人とギルドのものになるから、結果的に身入りは少ないんじゃない?」


「今回の依頼は、身入りを求めてないからね。私たちのギルドの理念は、私たちのような存在の助けになること。それ以外は、二の次よ」


「……なんだか自分ががめついような気がしてきたわ」


「いいんじゃない? 冒険者として正しいと思うし。どっちかというと私たちの方が異端だから」


「それは確かにそうね……というか、私たちも桔梗ちゃんとか梓さんとか、里の人たちの力になりたい気持ちはあるんだけどね。ま、揉めることがないって分かったから、気が楽だわ」


「その代わり、しっかり十階層まで攻略して来て」


「そこは大船に乗ったつもりで任せてよ……とは実際に様子を見るまでなんとも言えないけど、頑張るわ」


「ええ、よろしく。じゃあ美柑、私たちは露払い、頑張りますか」


「はい、そうですね」


 *****


「……というか、さすがは《妖人の里の迷宮》って感じだな。魔物が……」


 慎が目の前の魔物を見てそう言った。

 戦っているのは先ほど同意した通り、紬と美柑さんだ。

 相手は……なんというかな。

 どう見ても……。


「やっぱりあれ、カッパよね? 頭に皿がある……」


 そう、二人の相手はどう見てもカッパそのものだった。

 つまりは妖怪だが……。


「迷宮の魔物って、どういう基準で表れてるんだろうな?」


 慎がつぶやくと、雹菜が、


「近隣に住む人たちの集合無意識から、という説があるわね。そこから考えると、この辺の人たちは、魔の存在って言ったら妖怪、とどっかで思ってるからあんなのが出てくるとかいう可能性もあるかもしれないわ」


 と答えた。


「あー、なるほど……でも、そうなると都会の迷宮で出てくる西洋の魔物はなんなんですかね?」


「そこのところの説明がつかないから、所詮仮説に過ぎないのよね。まぁ、タイプが違う迷宮は別の理屈で魔物が出てくる可能性もあるから、統一的な説明が立てられる日は来ないかもしれないわ……あっ、口から水吐いてる。スキルかしら?」


 カッパの口から鋭くジェット水流のような形で水が射出される。

 後ろにある木に命中すると切り裂いたので、かなりの威力があるだろう。

 俺たちも油断できないな……。

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