第113話 マヨヒガ

「ここがマヨヒガか? すんごいボロ屋敷にしか見えないんだが」


 俺がそう言うと、横にいる慎も頷いて同意を示す。


「ボロ屋敷っていうか、もはや朽ちているような……ここ入っても大丈夫なのか? 途端に崩れ落ちてきたら洒落にならないぞ」


 実際、俺たちがそう言ったのも無理はないくらいの建物で、古い庄屋屋敷といった全体像には深い山の中に溶け込むような風情を感じるのだが、いささか溶け込みすぎてほぼ森と同化しているような怪しさがあった。

 土壁はボロボロだし、茅葺き屋根は鳥が啄んだ後なのか穴だらけにしか見えないし、床板も何か腐っているように見える。

 そんな俺たちに、桔梗が、


「私も同意する。そろそろマヨヒガも最近の流行に沿って、イメージチェンジすべきと思う。カワイイビルにするとか、遊園地風にするとか、ご当地キャラを常駐させるとか」


 と明後日の方向から文句を言った。

 これに梓さんが、


「まだまだ若いのう。そんな建物やゆるキャラなんぞその辺にありふれておるじゃろうが。この伝統に沿ったおどろおどろしい様子が、多くの土地から人を呼ぶのじゃ!」


 と力説する。


「……多くの土地から人を呼んだらまずいんじゃないの? ここ仮にも妖人の隠れ里の入り口なんでしょ……」


 思わず、ぽつり、と雹菜がつぶやいだが、桔梗と梓さん以外がそれには深く頷いていた。


 中に入ってみると……。


「あれ、意外に……というかめっちゃ綺麗ね。こういう民宿ありそう」


 美佳がそう言った通り、一歩、マヨヒガの中に入ると落ち着いた居間があった。

 真ん中には囲炉裏があり、誰もいないのにパチパチと炎が揺れている。

 吊るされた鉄器の薬缶からは白い蒸気が柔らかく噴き上がっていて、まるで今の今まで、そこで誰かが団欒していたかのようだった。


「誰か常駐してるの?」


 紬が尋ねると、梓さんは首を横に振って、


「いや、そうわけではないぞ。これは幻術に過ぎん……見つめすぎると迷うでな。ここからはわしの後ろに付かず離れずついてくるのじゃ」


 そう言って歩き出した。

 居間からの後ろの方にある戸に進み、そこを開けて入っていく。

 するとそこにあったのは、


「……え、さっきと同じ部屋ですか……!?」


 と、美柑さんが驚いて言った。


「いいや。幻術じゃ。まぁわかりやすくいうと無限回廊よ。決まった手順で進まねば、永遠にこの屋敷の中に閉じ込められる……そういうものじゃ」


「こ、怖いですね……」


「実際には二日くらいでわしらが回収して外にほっぽりだすので安心すると良い。じゃが大抵の人間はその時点でもう二度とここには来ぬな。まぁ……最近は怖いもの見たさと動画サイトの再生数欲しさに何度も来るやつもいなくはないのじゃが、そういうやつの場合は電子機器全部ぶっ壊してから叩き出すことにしておるので、別の意味でもう二度と来なくなるぞ」


「電子機器に長けた妖怪は手に負えないな……」


 俺がその配信者でももう二度と来たくなくなるだろう、と思っての言葉だった。

 そんなことを話しながら俺たちはずっと梓さんのあとを着いていく。


「……おい、まだ着かないのか? 俺はもうこの景色見飽きたぜ……」


 慎がそう言いたくなる気持ちも分かる。

 それを聞き取った梓さんが、


「もうそろそろじゃから我慢せい……ほれ、ここが最後じゃ」


 そう言って、初めに入ってきた扉と同じ扉を開いた。


「えっ、そこが出口なのか?」


 俺がそう口にするとほぼ同時に、その先の景色が見える。

 すると、そこにあったのは……。


「……すごいわ! ちゃんと村がある……!」


 紬がそう言った通り、そこには昔ながらの田園風景、と言った感じの景色が広がっていた。

 いくつもの畑に、そこを耕す人々、木造家屋に、深い森を切り開かれて造られたような開けた場所。


「ようこそ、ここが《妖人の里》、《筒里》じゃ」


 梓さんがそう言ったのだった。

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