第109話 容姿の理由

「祖母って……そんな年齢にはとてもではないが見えないんだけど……」


 どう見ても、小学生だ。

 桔梗と並べばおそらく姉妹と言っても十分に通る。

 顔立ちは……確かに似てはいる。

 よく整っていて、どこか人間離れした美しさがあるというか。


「わしら《妖人あやかしびと》は、その身に宿した霊力によって、老化の速度が違っておるのじゃ。まぁ、大抵は、通常の人間と変わらんのじゃが……わしの場合は、少し霊力が多くてのう」


「ちなみに……おいくつで?」


「女性に年齢など尋ねるでない」


 ほっほっほ、と笑うその姿は、確かに小学生には浮かべられない、どこか老成した微笑みのように見えた。

 艶やかさも感じられるし、余裕もあって……。

 

「それは悪かった。でも、そもそも礼儀の話を言うなら、あんたこそどうなんだ?」


「んん? なんの話じゃ?」


「いや……ここ男湯だぞ」


「……えっ? そ、そそそんなはずは……。だってまだ時間は……」


「もう四時過ぎたぞ」


 部屋の中にあるパンフレットを見るに、四時を境に女湯から男湯に変わると書いてあった。

 つまり、今は男湯で間違いない。

 外の暖簾も男湯のそれだった。


「あわわわわ! それはすまんかったー!」


 唐突に、彼女は謝りだす。

 先ほど感じた威厳とか余裕はどこいった、と言う感じだ。

 まぁ別に……。


「俺としては何も問題ないから構わないんだけど、そのうち他の客も来るだろうし、戻った方がいいんじゃないか?」


 俺がそう言うと、彼女は、


「いや、それについては心配せんでいい。今のこの旅館はお主らの貸切じゃからな。それに加えて、従業員も使うことはあるが、それこそ夜中じゃし」


 そう冷静に答える。


「そ、そうか……まぁそれならいい……のか?」


「いいじゃろいいじゃろ。せっかくじゃし裸の付き合いを……」


「……よくはないと思うんだが……というか、あんた、名前は? いや、名前はなんですか?」


 最初は小学生だと思っていたから、バリバリタメ口で、そのまましゃべってしまっていたが、桔梗の祖母だと言うのなら、彼女はだいぶ年上、と言うことになる。

 それを思い出して、俺は敬語に直そうとしたが……。


「わしの名前は、鉄刻梓かねときあずさじゃ。よろしくのう。それと、今更別に敬語などいらんぞ。わしも面倒じゃしな」


「おっ、そうか? それならありがたくお言葉に甘えさせてもらいたいな、梓さん」


「自分で言っておいてなんじゃが、受け入れるの早いのう」


「冒険者同士は、あんまり敬語を使わないって慣行があるみたいでな。慣れてるんだよ……おっと、そうだ、俺の名前は……」


「天沢創、じゃろ? 知っとるわ」


「……まぁ、そりゃそうか」


 そうでもなければ、この見た目は披露しないだろう。

 頭についた耳に、尻から生える複数本の尻尾。

 コスプレ以外では、もう《亜人》でしかあり得ない。

 そうだ、《亜人》といえば……。


「さっき《妖人》とか言ってたな。それって……」


「なんじゃ、聞いておらんかったか? わしらの総称じゃが」


「《亜人》ではないのか?」


「それは、現代の人間がなんとなーく、言っている、現生人類とは異なる知的生命体の総称じゃろ? わしらはもっと昔からいるし、その頃からそう呼んで来ておるからな」


「なるほど……言われて見ればそんなものか」


「そうじゃそうじゃ。他に聞きたいことはあるか? なんでも答えてやるぞ。これで長く生きておるからな。結構色々知っておる」


「じゃあ、霊力って?」


「わしらの宿す不可視の力じゃな。現代じゃと魔力や精霊力に似ておるが……まぁ、似て非なるものじゃ。ただ使って出来ることはやはり似ておる。《ステータスプレート》には《アーツ》として表示されるものしかないのう」


「へぇ……じゃあ、スキルは持ってないのか?」


 すわ、スキルゼロの仲間が!?

 と思って尋ねてみたことだったが、これには首を横に振って、


「いや、いくつかスキルはあるのう。ただあまり使ってはおらんが……ほれ、《水術》じゃ」


 そう言って魔力を動かすと、温泉の水が縦横無尽に動き出す。


「お、おぉ……っ!?」


 そして、ザバーン!と音を立てて、俺に頭から温泉がかかった。


「……驚かせるなよ」


「驚いたのか?」


「いや、そうでもないけど……」


 何せ、術系は雹菜や美佳のもっと大規模なそれを何度も見ているからな…

 そう思っての返事だったが、そこに、


「今の何!? 大丈夫!?」


 と言う声が聞こえ、


「男湯の方!?」


 と続いて二人目の声がした。

 今のは雹菜と美佳の……。

 そう思って顔を、男湯と女湯を隔てる壁の方に視線を向けると、その上部から、二人の姿が見えた。

 どうやら、よじ登ってこちらの様子を見ようとしたらしい。

 しかし……。


「お、おい、お前ら……服っ……」


「えっ? あっ、きゃあっ!」


 と、雹菜が言ってすぐに女湯の方に下り、


「……あー、特に問題はなさそうね。ごめんごめん」

 

 と美佳がなんでもない様子で下がっていった。

 それを見た梓は、


「……二者二様の反応じゃが」


「雹菜の方が女の子として正しくて、美佳は昔からの幼馴染だからな。小さい頃は一緒に風呂とか入ったこともあるし、その辺擦り切れてんだろ……」


 とはいえ、こっちとしてはそんなもの関係ないのだが……まぁ後で謝ろう。

 別に俺が悪いとかじゃないとは思うけど。

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