第107話 鉄刻旅館

「……結構大きな旅館だな」


 バスに揺られてどれくらいかかったか。

 着いたそこにあったのは、想像よりも大きな旅館だった。

 小さな鄙びた感じ、というわけではなく、ほぼビルである。

 

「里の皆んなが働いてるから、それなりに大きくないと。それに最近は通販とか色々やってる」


 桔梗が俺の独り言に対して、そう言った。


「通販?」


「そう、里で育ててる牛肉のセットとか、果物とか、あと、琥珀を加工したアクセサリーとか。密かに霊力込めてるから、幸福を呼ぶって評判いいの」


「……本当に里を上げて観光業に力を入れてるのな……」


「東京にもアンテナショップを作ろうという話になってる」


「亜人の商売人根性どうなってんだよ……」


 呆れ半分だったが、自分達の存在を隠しながら生活していくにはそれくらい強かでなければやっていけないというのはあっただろうなとも思うので、悪いとは言えない。

 というか稼げるなら稼げるだけ稼ぐのはむしろいいことだろう。

 観光業なら誰も不幸せにはならないだろうし。

 都市開発とかしたい人間がいたら衝突もするかもしれないけど。


「っていうか、私たち、ここに泊まるの? 迷宮は? 魔物が溢れたら里の人が危ないんじゃ」


 美佳がそう言うと、これには美柑さんが答える。


「いえ、それなりに危険は近づいてはいるにしても、流石に今日明日にも、中から魔物が溢れ出る、というまでの状況ではないのでそこまで心配されなくても大丈夫ですよ」


「そうなの? でも……」


「それに、一日二日で解決、というわけにもいかないだろうというのは分かってますから、腰を据える拠点としてここを提供してもらえてるのです。迷宮のある里まではバスで一時間もすれば着きますから」


「一時間って結構長くない?」


 美佳が東京の感覚でそう言うと、これには桔梗がジトッとした目で彼女を見て、


「……東京みたいに数分に一本電車が来るところと一緒にされても困る。一時間は近い」


 と強く言った。

 それに美佳は何か圧を感じたようで、


「お、おう……わ、わかったわよ。ごめんって」


「ううん、いい。私も将来は東京に住みたい」


「おいっ! 里を守ろうとかじゃないんかい!」


「里は里の古老たちに守ってもらうからいいの。私は東京にアンテナショップを出店して、店長としてやってく」


「……引っ込み思案な子かと思ってたけど、全くそんなことないじゃない……」


「あれは……なんだか皆から不思議な圧力を感じたから。なんだったんだろ?」


「んん……? それは分かんないわね。でも創は? 割と普通に話してたけど」


「創は何も感じなかった……というか、安定してたというか」


「うーん……なんだろ。霊力使えるから何か感じたのかな? まぁいいか。それより早く中に!」


「うん。こっち」


 *****


「……では、御用の際はそちらの内線でご連絡いただければ。失礼いたします」


 そう言って、仲居さんが部屋の襖を閉じて出ていった。

 あれから、俺たちにはそれぞれなんと、個室が与えられた。

 しかも結構いい部屋だ。

 今となってはそれなりに稼げるようになっているので、普通に払っても問題ないのだが、宿代も含めて向こうが全部持ってくれるらしい。

 かなり恐縮してしまうが、雹菜や紬たちは堂々としていて、いわく、


「冒険者を遠くから呼ぶ場合、滞在費関係は依頼者持ちっていうのはよくあることだからね。私も以前海外に呼ばれたことあるけど、その時は、まぁ、すごかったわよ。流石にそこまでされると気疲れするけど……日本人気質すぎるかも」


 と、そんなことらしい。

 海外はもはや日本とスケールが違いそうだからな。

 さもありなんという感じだ。

 と言っても、この《鉄刻旅館)がスケール小さいというわけではないのだけど。

 それに、海外になくて、日本にあるものの代表的なものが一つあり、それが豊富なのも魅力だという。

 ここは遠野というよりもどちらかというともう少し東寄りで、それはつまり……。


「……温泉か。男湯だけで十個もある……」


 部屋に備え付けのパンフレットを見ると、そんな説明があった。

 迷宮攻略に来て、温泉ではないだろうが、本格的な攻略は明日から、ということだったので、今日のところはまず、のんびりしたいと思う。

 だから……。


「行くか、温泉」


 下着と浴衣を手に持ち、俺は温泉へと向かった。

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