第106話 祠と生業
「……なんだかんだ、《転職の祠》に来たの、初めてだな」
俺がそう呟くと、慎が、
「《転職の塔》に直接行く方が早いからなぁ。わざわざ来る用事もなかったし。でも、遠出しようって時にはこれ以上役に立つ施設はないぞ」
と答える。
《転職の祠》は、日本だと各都道府県の人口密集地に出現している。
数はそれぞれで、一つしか無いところもあれば、複数あるところもある。
東京が最も数が多くて、三十を超える数、出現している。
使うと
こう聞くと、いきなり数百人があの部屋に転移して、圧死しないか、と疑問に思えるだろうが、そんなことはない。
あの部屋はなんだか特殊な仕組みになっているようで、たとえば百人が転移しても、別々の《間》に通されることになるのだ。
結果として、圧死することは、ない。
ちなみに、《転職の祠》から転移できる《転職の塔》の場所は今は《初期職転職の間》だけで、そこから先の、例のレッサードラゴンのいるダンジョン部分まで進もうとしても、《転職の塔》を自らの力で進んだ経験のない冒険者は進めないらしい。
その辺は公平なのかな?
なんともいえない迷宮側の判断基準がここにもあるのだった。
こんな施設であるが、他の《転職の祠》への転移は割とフリーに行える。
転移先にあまり人が居すぎると、しっかりとセーフティーのようなものが働くのか、待たされたりすることもあるようだが、その辺りはこの一月で周知されているので、転移先にいつまでも居座ったりする輩、というのはほとんどいない。
「いいから、急ぐわよ。場所は岩手県盛岡市ね。そこからは残念ながら、車だから……」
紬がそう言った。
「《転移》なんて手段を使えるのに、そこからは普通なのなんか微妙だね……」
今日はしっかりと着いてきている美佳がそう呟く。
確かにその通りで、何か原始的な方法を使っているような気分にならなくもない。
「普通なら新幹線で盛岡まで行ってから、になるんだから、その分短縮できるだけ良いでしょ。ほら、他のみんなはもう行ったし、私たちも行きましょう」
雹菜がそう言って、前に進む。
《転職の祠》はその名の通り、祠のような形をしていた。
大きな鳥居がまずあり、その先に、田舎にあるような何かを祀っている小さな祠がぽつりとある、という感じだ。
どういう世界観だろう?
という気になってくるが、この辺りは結構お国柄が出るらしい。
イギリスなんかだと、鳥居などではなくストーンヘンジのようになっているらしいからな……。
迷宮関連施設は誰か神のような存在が作っているのではなく、集合無意識とかそういうもの由来なのだろうか、とかそんな気がしてくる。
まぁ、やっぱり、考えても分かることではないが。
《転職の祠》に触れると、頭の中に地図が浮かんでくる。
そこにぽつりぽつりと光が灯り、転移できる場所が分かるのだった。
地理を最低限分かってないと、どこに飛んでくか分かったものではないな、これ。
俺たちは事前にここが盛岡!と先に地図で説明されてるので大丈夫だし、そもそも言われるまでもなく分かっているが、変なところに飛ぶ奴絶対居るだろう、これ。沖縄にもあるし。
まぁ、流石に東京が分かってればすぐに戻れるだろうが、それすらも知らないなら、延々と色んなところ飛び続けたりする奴がいそうだ。
地図を買って持っておかないと怖いな。
ともあれ、頭の中で問題なく盛岡を選択した俺たちである。
そのまま、あの《転職の塔》の入り口で起こったような、周囲が白い光に包まれて景色が変わる現象が起こり、そして気付けば周りの風景は違うものとなっていた。
すぐに、
「こっちよ!」
と、先に着いていた紬たちが手を振ったので、後から来るだろう人たちの邪魔にならないようにさっさとそっちに走る。
バスターミナルに接続している便利な場所で、そこには何台もバスが止まっていた。
まぁ、こういう商売もそりゃ発達するよな……。
冒険者だって、観光はするだろうし、各地の迷宮に行くにはどうしてもこういう足は必要だから。
つまり、俺たちもこの中のバスに乗るのか?
と思っていたが、
「……んん? 《
紬達が待っているバスターミナルの横に停まっているバスを見たら、そこにはそんな文字が書いてあった。
あまり大きくない、それこそ旅館が定期運行しているようなバスだが、そこは問題ではなくて、《鉄刻》というのは……。
「……うちの旅館のバス。今日は貸し切り」
と、桔梗が呟いた。
「……故郷は秘密なんじゃ……」
「出稼ぎ場所は別に作ってある」
「……そりゃ、強かで。まぁでも現代社会で、金を稼ぐ手段ゼロでやってはいけないか」
「その通り。お金大事」
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