第98話 総理発見
「紬! 依城さん! それと……総理……?」
その部屋には三人の人物がいて、その二人は見覚えのあるものだった。
すぐに
やはり二人は紬と美柑であったが、最後の一人はこうして実際に見るのは初めてだ。
顔はよく知っているが、テレビ越しと、実際に会うのとでは違うな。
雹菜はどこかのタイミングで……《白王の静森》関係の集まりとかで会ったことありそうだが、しかし微妙な声がけになっているのは、その人物がだいぶ憔悴しているからだろう。
「……白宮くんか。姿が見えなくなったとこの二人から聞いていたが……」
その人物、つまりは日本国内閣総理大臣である平賀慶次が、少し苦しそうな様子でそう言った。
「色々ありまして……ですが、特に問題はありません。総理のこの様子は……?」
雹菜がそう答えつつ、紬と美柑に尋ねると、紬がまず言う。
「私たちがやったのよ」
「えっ!? ど、どういうこと……?」
慌てる雹菜。
当然だ。
総理を攻撃する、と言うのは流石にどんな理由があっても許されないことだろう。
日本の法律上は傷害とか暴行とかになるくらいだが、現実的に言ってそんな事実が塔の外にいる官僚なりなんなりに伝われば、相当まずいことになることは想像に難くない。
けれど、当の総理が、
「いや、九十九くんたちは悪くないのだ……かといって、私が悪いというわけでもないとは思うのだが」
「……というと……?」
「何か、妙な存在に取り憑かれていたんです。それで、なんというか……悪魔憑きみたいな状態になってまして。攻撃してきたので取り押さえるためにはどうしてもある程度ダメージを与える他なくて……本当に申し訳ないです、総理……」
美柑が難しそうな顔でそう答えた。
これに総理は鷹揚に首を横に振って、
「本当にいいのだよ……むしろ、君たちが来てくれて助かったとも言える。そういったものに対する専門家だからこそ、出来た対処のようだしな」
どうやら、紬たちの能力について説明を受けたらしい。
「いえ……もっとしっかり準備していれば、そのような目には」
「見た目よりは大した傷ではない。君たちのお陰だ……それより、外はどうなっている? というかここは一体……」
「あぁ、そこはまだ説明していなかったのね」
雹菜がそういうと、紬と美柑が頷いて、
「ええ、これからよ」
「では、とりあえず総理、回復薬をどうぞ。上級回復薬ですので、外傷については完全に治癒します。他の部分については出た後、精密検査を……」
「あぁ、すまない。勿論、出た後は早急に代金を支払わせていただこう」
税金でかな?
とかちょっと気になったりしたが、今ここで口にすることではないな。
それから、雹菜たちが総理に今の状況を説明すると、総理は深く頷いたりしながら冷静に事態を受け止めていた。
慌てる様子はまるでなく、なるほど、これが日本の総理大臣になるような男なのだな、と思う。
迷宮が出現する前後の総理の中にはかなり頼りないようなのも多かったが、現代においてはそういった人間が権力の座につくとすぐに失脚するというか、物理的に酷い目に遭うことが少なくなく、本当に有能な人物でないとつとまらなくなっているというのもある。
まぁ、それでも、どうなんだろうな、という政治家は今でも結構いるけどな。
「説明してくれてすまない。状況は概ね理解した。これはすぐ戻ったほうが良さそうだな……あぁ、戻ることは出来そうかな?」
「そこのところは今のところはなんとも。入り口あたりまでの道については、こちらの地図に反映されているので問題ないのですが……」
雹菜が取り出したのは、渡された魔道具の地図だった。
「あぁ、それを渡したのか。私程度に随分と大盤振る舞いを……いや、今それがあるのはありがたいか。ともかく、入り口まで戻るのが良さそうだな。護衛を頼めるか?」
総理が言った言葉に、雹菜が頷く。
「勿論です。そのために来たのですから」
「では、行こう」
立ち上がる総理に、
「だ、大丈夫ですか?」
と、紬が尋ねると、彼は笑って、
「外傷はさっきもらった回復薬で治った……だから問題ない。まさか君たちに背中におぶってくれというわけにもいかないしな」
「女の背中に不安があるのでしたら、ここに男性もいますが……」
雹菜がそういうとが、総理はそこで慌てて、
「いやいやいや! そんなことは全くない。冒険者は男女とも、その腕力は通常の成人男性を優に凌ぐことはよく知っているからね。まぁ、何かと厳しいご時世だから、そういう意味では避けた方がいい気もするがな。この塔を出た後、フラッシュを焚かれても困る」
「塔の外には官僚や公務員関係の方達しかいませんでしたよ?」
「ずっと遠くからも狙ってくるのだよ、そういう手合いは……ともかく、行こうじゃないか」
総理の言葉に、政治家も大変だな、と思いつつ、全員が頷いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます