第94話 相性

 ーーゴオッ!


 という空気を切る音と共に《オーガ大神官》の巨体が動き出す。

 初めに標的とされたのは、意外なことに俺ではなく、雹菜の方だった。

 ある程度以上の知能が感じられる魔物というのは、弱い相手から狙うものだ。

 例えば、後衛の隙を狙って先に潰そうとするとか、よりダメージを負ってそうな者を選んで攻撃をするとか。

 そういうことを。

 卑怯とは言うまい。

 人間だって、魔物と戦う時はそのような方策を練り、実行に移すものだ。

 それでこそ勝率が上がり、生き残る確率も上がるのだから。

 しかしだからこそ、この《オーガ大神官》の行動はそう言ったセオリーから外れていて、意外だったのだ。

 雹菜も少し驚いたようだが、そこはB級冒険者である。

 すぐに状況を理解し、対応する。

 

 まずは《オーガ大神官》の正拳突きが雹菜に突き込まれた。

 あれだけの巨体に加え《オーガ大神官》は速度もあるタイプのようだった。

 しかし、それは雹菜も同じ。

 《オーガ大神官》と比べて体も小さく、その分小回りも利くことから《オーガ大神官》の突きは比較的余裕を持って避けていた。 

 そして、後退すると同時に剣でその腕を切り付ける

 雹菜の攻撃は通常の攻撃とは異なっていて、触れればその部分から凍りつく効果がつく《氷姫剣術》である。

 つまり、すべての攻撃を避けなければ徐々にダメージが蓄積していく、毒のような効果があり、かつ、皮膚から浸透し、ついには筋肉まで凍らせるがゆえに動きの阻害効果も大きいものだった。

 弱い敵であれば、それこそ軽く切り付けただけで体全体を凍り付かせることも可能なほど。

 だが……。


「やっぱり一撃じゃ、無理よねっ!」


 《オーガ大神官》に対してはそこまでの効果は期待できない、ということが、切り付けた部分の凍りつきがすぐに止まったことで理解する雹菜。

 さらに、《オーガ大神官》はその鉢切れんばかりの筋肉に力を込めると、パリン、と氷を割ってしまった。

 表面を軽く凍らせる程度しかできなかった、ということであろう。

 さらに《オーガ大神官》は下がった雹菜を追いかける。

 突きだけではなく、フックや蹴り上げ、体当たりまで活用した猛攻を加えるが……。

 そのいずれも、雹菜は間一髪で避けていく。

 そんな中、俺はといえば、まるで観客のようにそれを見つめていたが……。

 チラリ、と雹菜の視線が飛んでくる。

 何を指示しているのか、それを理解できないわけではなかった。

 俺は素早く距離を詰め《オーガ大神官》の背後から斬りかかる。

 

「ウラァ!!」


 黙って切り付けるのではなく、声を出したのはわざとだった。

 以前、迷宮に潜ったときに雹菜と何度か練習した連携である。

 《オーガ大神官》は俺に気付き、雹菜から意識を一瞬外した。

 そしてその瞬間、雹菜は素早く剣を振るって、《オーガ大神官》の足元を切り付ける。

 すると《オーガ大神官》と地面を縛り付けるように氷が出現し《オーガ大神官》の動きを阻害した。

 そこで俺の剣が到達し、その背中に僅かであるが傷をつけることに成功する。

 このまま押し込めるか……!?

 そう思ったが、


「ウガァァァァァ!!」


 と《オーガ大神官》の叫び声が響き、腕を大きく振って、俺と雹菜が接近できないように暴れた。

 仕方なく、距離を取る俺と雹菜。


「……くそ、もう少しだったのに……」


「そうでもないかもね。見て」


 雹菜が顎をしゃくったので《オーガ大神官》の方を見ると、彼の体を今、緑色の柔らかな光が包んでいた。

 すると、先ほど雹菜が刻んだ傷や、たった今俺が切り付けた部分の傷がスッと跡形もなく消えていった。


「なるほど、大神官の名は伊達じゃないってことか……」


「治癒系スキルと大神官という名称がどこまで関係あるのかは謎だけど、もしかしたら神官とかの職業があれば、治癒系使えるようになるのかもね」


「ここを出たら、そういう職業につけるやつ探すとして……とにかくあいつを倒さないと。策はある?」


「……どうにも私とは相性が悪いっぽいから……やっぱり、創がトドメを指す方向がいいと思う。いいかしら?」


「近づくには……」


「さっきと同じように、私が気を逸らすわ。いくわよ!」


「ああ!!」

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