第93話 反撃の狼煙
……間に合った。
なんとか、ギリギリで。
足元に傷だらけの状態で転がる創を見て、私、白宮雹菜は心底ほっとした。
一瞬でも遅れていたら、どんなことになっていたか……。
いや、確実に彼の命は奪われていたことだろう。
そうはならなかったことを、神に感謝したい。
しかし、
「……雹菜、いったいどうやってここに……今、急に現れたみたいに見えたけど」
創が尋ねてくる。
確かに、それについては非常に気になることだろう。
けれど、
「……説明は、後にしたほうがいいわ。創、立って! あと、回復薬!」
私が投げると、創はそれをキャッチし、飲んでから立ち上がる。
彼にも回復薬は渡してあったので、持っていたはずだが、戦っている間に全部使ってしまったのだろう。
私の方は当然、この《塔》に着いてからまったく戦っていないのだから、ストックは全部ある。
それでも数はそれほど多くはない。
回復薬は需要が高いし、値段も高価だ。
加えて、そうそう出回らないので自分で取ってくるのが最も簡単だが、それなりに時間がかかってしまう。
それでも、とりあえずギルドメンバーそれぞれに五本ずつは確保したのだが、やはり強敵相手には心もとなかったかもしれない。
やはり、しっかりと連れ回せる回復役をメンバーにひきいれるのは急務だ、と思うが、それも中々難しい。
守岡さんに臨時で入ってもらうことは出来るが、それはあくまで最後の手段だ。
彼はあくまでも、顧問であって固定ではない。
彼はあれでかなり忙しい人なので、そうそう付き合わせるのも難しい。
だからこそ、治癒術師を探してもらってもいるのだが、やっぱり中々……と、それは今はいいか。
「もう行ける?」
立ち上がった創にそう尋ねると、完全に傷の消えた創は頷く。
「あぁ! 手前のはともかく、一番奥のは《オーガ大神官》ってやつらしい! 今のところ、召喚系と補助系の術、それに治癒術も使ってきてる!」
「《オーガ大神官》……やっぱり、レアかユニークって感じね。《ゴブリン暗黒騎士》と同じ……でもなんにせよ、取り巻きを先に倒しましょう。私がファイターの方をやるから、そっちはお願い!」
そう叫んだ後、私はすぐに地面を踏み切った。
細かいことは言わずとも伝わる。
それくらいに一緒に迷宮に潜って訓練はしてきた。
だから問題ない。
ちなみに、なぜ私がファイターの方を選んだかといえば、相性がそっちの方がいいからだ。
創もグラップラーの方が相手しやすいはず。
「グラァァァ!」
唐突に現れた闖入者である私に対して、しばらく観察していたものの、もう明確に敵だと認識したのだろう。
唸り声を上げながら、棍棒を手に向かってきた。
その速度は決して遅くはない。
ただ、あくまでもそれは低級冒険者にとっては、の話だ。
私にとっては何程のことでもない。
そもそも、私は腕力それ自体より、速度を武器に戦うタイプである。
オーガはその反対で、膂力をこそ、その最大の武器としている。
そんな相手の懐に入ることは、私にとってはひどく簡単なことだった。
「グラッ……!?」
《オーガファイター》が気づいた頃には、すでに私は彼の懐にいて細剣を引いていた。
「……じゃあね」
そしてその胸元に剣を突き込むと、そこから《オーガファイター》の体は凍りついていき、そして全身が氷結して、私が剣を抜くと同時に砕け散った。
《氷姫剣術》の《
技名は自分で決めたわけではなく、ただ普段から普通に多用はしていたのだが、気づけばアーツの欄に表示されていたので、どこかの何者かが、もしくはアカシックレコードのようなものが勝手に決めているのだろう。
ともあれ、これで私の方は片付いた。
そこで振り返ってみると、
「アガガガガ……」
と、叫び声をあげる《オーガグラップラー》の姿がある。
どうやら創の手によって《穿牙》を突き込まれたらしい。
グラップラーには何も防ぐ武具などがないから、一対一なら確実に叩き込めるだろうと思っていたが、期待通りにやってくれたらしい。
やはり、以前と比べて明らかに強くなってる……。
そう思って彼の方にかけ寄ろうとして、背後からぞっとする力を感じて私は剣を構える。
気配を感じた方角にいるのは、もちろん最後に残った
ずっと警戒はしていた。
先ほどまでは補助に徹している気配だったのだが、見れば、手に持った杖を投げ捨て、身体中に力を込めていた。
神官のような服を纏っていた《オーガ大神官》だったが、その服がパンっ、と筋肉で吹き飛ばされるように破かれた。
そして、武術家のように構える。
「ここからが本気ってわけね……創!」
「あぁ!」
ここが正念場だ。
私たちは剣を握る手に力を込める。
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