第92話 膠着

「……いやぁ、これは中々、まずい状況じゃないか……ッ!?」


 言うまでもない話なのは理解しているが、そう呟かざるを得なかったのは、自分の体の強張りを感じていたからだ。

 あれから、俺は《オーガグラップラー》に続いて、《オーガウォリアー》もなんとか倒すことが出来ていた。

 慎から学んだアーツ、《穿牙》が威力を発揮して、その分厚い皮膚を貫き心臓を一撃で抉り出すことに成功したからだ。

 やはりあれの威力はすごい……と、そこまでは良かったのだが、そのことがオーガたちに警戒心を抱かせたようで、彼らの動きが変わってしまった。

 基本的に半身になって、可能な限りこちらの攻撃を回避しようとしているのだ。

 加えて《オーガ大神官》の補助魔術も防御系主体に切り替わったようだった。

 最初の方よりもオーガたちの動きはゆっくり目になったのだが、代わりに剣が命中しても大きな傷がつかなかったから、間違い無いだろう。

 こうなってしまうと、こう着状態というやつだ。

 こちらもこちらで、なんとか今のところは攻撃を避けられているし、致命傷はない。

 傷だらけであるにしても、動きを完全に阻害するようなものはまだないのだ。

 だから、まだまだ戦い続けることは、できる。

 しかし、決定打を失ってしまっては……いや、《穿牙》は当たればまだ、ダメージを与えられはする。

 だが、オーガ同士が連携をうまく行い、俺のアーツの発動を阻害するから……。

 どちらの体力や魔力が先に尽きるか。

 そういう戦いになりつつあった。


「……うらぁぁぁ!!」


 しかし、そんな状況にあっても、俺の方は消極的に動くわけにはいかなかった。

 いくらステータスで底上げされているとはいえ、基礎的な体力にはやはり、魔物たちの方に軍配が上がるだろうからだ。

 彼らにとっては、時間をかけて俺が弱るのを待てばいいだけの有利な状況なのだ。

 それを避けるためには、俺は攻撃を加え続けるしか、道はない。

 だが……。


「……なっ!?」


 先ほどまではよく観察し、避けるだけだったオーガたちの動きが、変わる。

 俺の剣を棍棒で正確に弾き返したのだ。

 さらに、その直後、《オーガグラップラー》がこちらに掴みかかりに来る。

 俺は慌てて逃げようとするも、足を掴まれ、そのまま壁に向かってぶん投げられた。


「あがっ……」


 普通の人間であれば、これだけで死んでいるだろう、それどころか潰れているだろうという衝撃。

 それでも俺が耐えられているのは、ステータスの恩恵だ。

 ただ、当然ダメージは大きく、起き上がるのに手間取る。

 その間に、オーガたちは距離を詰めてきて、気づけば、目の前には《オーガウォリアー》の棍棒が振り上げられていた。

 

「ははっ……」


 終わりか?

 ここで終わりなのか。

 俺はスキルゼロから、全くの何も持たない状態から、やっと魔物と戦えるようになって、新しいギルドに所属し、ついさっきそれが承認されて、これからって時なのに。

 家族たちにも……両親や、佳織にだって、まだ何も出来ていないのに。

 慎や美佳にも……。

 いつだって俺のことを見捨てないでいてくれた、みんなに何も、

 俺はこんなところで死ぬわけには……。

 極度に引き伸ばされた時間の中で、そんな考えが行き過ぎる。

 今まで生きてきた中で蓄積してきた記憶が、いくつも走馬灯のように浮かんでは消えていく。

 これが、よく聞くやつか、なるほどな、と考える余裕のようなものまであった。

 実際には、指一本動かせなくて、ただ、時間だけが、認識だけが引き伸ばされている、ままならない感覚だった。

 そして、目の前まで棍棒がやってくる。

 あぁ、俺はここで……。

 俺は、俺を見出してくれたあの人にも、何も返せずに……。


 そう思った瞬間、


「……創!」


 という声が耳元で聞こえた。

 そして、視界がブレる。

 背後から思い切り、何かが叩きつけられるような音が響いた。

 おそらくは、棍棒が俺ではなく、地面に向かって下された音……。

 じゃあ、俺は?

 無事なのか……。

 そこまで考えたあと、俺が慌てて顔を上げると、そこには、


「……雹菜」


 我らがギルドリーダーが、不敵な笑みを浮かべて凛々しく立っている姿があった。

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