第91話 職業選択

「……ここは……いえ、皆、どこっ!?」


 扉に触れ、周囲が白く染まった後、気づくと私はどこだか分からない部屋の中にいた。

 周りを見回すと、


「雹菜っ! それに、美柑も……あれ? 創は?」


 と、そこにいる人物、九十九紬が呟いた。

 彼女のすぐ近くには依城さんがいて、紬と同様にきょろきょろを周囲を見渡す。


「……この辺りには見当たらないようですね。逸れた? でも、なぜ彼だけ……?」


 そんなことを言いながら、首を傾げている。

 入口の転移罠……いや、そもそも罠ではなく、通常の入場方法だったのかもしれないが、あれによって創が私たちと別のところに飛ばされたことは、もはや明白だった。


「まずいわ……創だけ、ということは……」


 十中八九、彼が《オリジン》であることが理由でそうなっていると、推測がつく。

 そして、こういった迷宮関連の建造物に入ったときにそれが起こるということは、何か危険な存在と戦いに陥っている可能性が高かった。

 どうにかして助けに……いえ、でも一体どこに飛ばされたのか、気配すらわからない。

 私たちが飛ばされた部屋はそれほど広くはなく、十人もいればぎゅうぎゅうづめになりそうな空間だった。

 しかし、不思議なことに、ここから外の気配についてはまるで感じない。

 何もいないということか?

 一応扉はあって、そこから外に出られそうではあるが……あの先に創がいるのならすぐに行かなければ……だが、紬と依城さんをこちらの事情というか、危険に引き込むのも気が引ける。

 そんなことを少しだけ考えて逡巡していると、


「雹菜、何か言いたいことがあるなら、言えば?」


 と軽い口調で紬が言った。

 続けて依城さんも、


「すぐにでも、創さんを探しに行きたいのでしょう? であれば、何も迷うことなどありません。私たちのことも考えてくれているのかもしれませんが、これで一応c級です。危険は覚悟の上」


「でも、創はあくまでうちのメンバーで、彼のために二人が危険を負う必要はないのよ? あくまで二人は任務を優先しても……」


 元々は、総理を助けるために組まれたパーティーだ。

 中に入るのがそもそも難しい、という問題もすでにクリアされている。

 二人は総理を助けに行き、私がひとりで創をさがしにいく、という選択肢もあった。


「そうはいうけど、そもそも総理にしろ創にしろ、どこにいるのかわかんないもの。二人同時に探すしかないでしょ」


 紬が呆れたようにそう言う。


「……まぁ、確かにそれはそうね」


 言われるまでもない話だが、創が陥っているだろう危機の方にばかり気を取られて、状況の認識が疎かになっていたな、とそこで気づく。


「ごめんなさい、では、基本的に二人を探す、ということで進みましょう。強敵が現れたら、二人は無理をしなくていい。特に、創を助けるために必要そうな時は。じゃあ、この先に進みましょう」


 そう言うとふたりは頷いた。

 そして、私が部屋の出口と思しき扉に手をかけると、


《《転職の塔》へようこそ!》

《ここでは、冒険者の適性に応じた職業に就くことができます》

《初期職については即座に就くことが可能です》

《それ以外の職業については、条件を満たし、かつ試練を突破することによって就くことができるようになります》

《初期職を選択されますか?》

《《白宮雹菜》が現状選択可能な職業は以下のものになります…》


 そんな声が響き、そして、目の前に透明なボードが現れて、ずらりとそこに選択可能らしい職業が並んだ。

 私は驚いたが、まず確認が必要と二人を振り返り、尋ねる。


「……今の声、聞こえた?」


「聞こえたわ。職業を選択できるって……」


「ですけど、どんな職業になれるかはどこで確認できるのですか?」


 二人の言葉に、どうやら声は聞こえたが、ボードの方は私だけにしか見えてないらしいことが分かる。

 そのため、私は説明した。


「このあたりにボードがあるのだけど、二人には見えてないと言うことでいいのよね?」


「……見えないわね。へぇ、本人にしか見えないってことかな? 気になるけど……」


「私たちも扉に触れれば、同じことが起きる……のかもしれませんね。確認させてもらえますか?」


 そして、二人も同様にすると、やはり同じようなものが見えたらしい。

 どんな職業を選択できるかも聞いてみたが、おおむね同じようなものばかりだった。

 ただし、適性が違うらしいものについてはそもそも書いていない場合もあった。

 たとえば、私の場合には《氷剣士》というものがあったが、これは二人にはなかった。


「……どうする?」


 私が二人に尋ねると、


「どうも選ばない限り扉が開きそうもないし……選ぶしかないんじゃないかな」


「ですが、結構な選択かもしれません。初期職でないものは今は表示されていないようなので、初期職から選ぶということになりそうですが……」


 そんな会話を聞いて、私は、なるほど、と思った。

 だから言った。


「先に進むために選ぶしかないなら、そうするしかないわね。どれにするか、決まった? 私は少し悩んでるのだけど」


「私は《精霊術士》にする」


「私は《獣剣士》がいいような気がします」


「すんなり決めたわね……」


「なんだか直感? まだ決めかねてるなら、私たちが先に選んで行ってみるよ?」


「大丈夫?」


「か、どうかは行ってみないとどうしようもないから……ここは度胸よ!」


 と、紬が彼女らしい暴勇を発揮して、どうやらボードを選択してしまったらしい。

 次の瞬間、彼女は光に包まれて消えていった。

 それを確認して、依城さんもすぐに、


「では私もすぐに。しんぱいですので」


「わかったわ、たぶん、また後で」


「はい……」


 そして、彼女もまた光に包まれて消えていく。

 残された私は、ボードを開いて、見てみる。

 さきほど、二人には言わなかったが、私のボードには初期職の欄以外に、特殊職という欄があって、こう書いてあった。


「《オリジンの従者》ね……創が関係してるわよね、これ」


 そして、試練があるらしいということになるが、それこそ創のもとへと続く道ではないか。

 そう思った私は、覚悟を決めて、それを選択することにしたのだった。

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