第89話 妙な光景
……どこだここは。
一体何が……?
そんなことを思っている俺の周囲に広がっているのは、なんとも言いがたい、妙な光景だった。
迷宮……ではないような気がした。
《転職の塔》の中だから、迷宮ではない?
いや、そんな話ではなく、そもそも……なにか全てがぼんやりとしている。
まるで現実ではないような、夢のような……。
『……成功しているのか?』
妙な声が聞こえて、驚いた俺はそちらを振り返った。
するとそこには、見たことのない人物が立っていた。
ありとあらゆる意味で、見たことがない……あまりにも、造形が整いすぎているというか。
一応は、男性であるようだが……。
人には見えなかった。
すくなくとも地球人には。
耳も何か妙に尖っていて……そうだ、あれだ。
創作物に出てくる、エルフに似ている……。
そんなものは、世界中どこを探しても確認されていないのに。
こんな迷宮などという奇妙な構造物や、魔物が確認している現代ですらだ。
それなのに……やはりこれは夢なのだろうか?
分からない。
『さて、それは分からなぬ。しかし……他にやりようなどあるまい』
そんな声が答えた。
最初に喋ったものとは別の、エルフ?だ。
声の方向を見れば、そちらには女性型のエルフ、らしき存在が立っていた。
男性の方を見て、どこか苦い顔で笑っている。
『彼らは憎むだろうか』
男性が言い、女性は首を横に振って、
『それこそ、なんとも言えぬ……だが、これを見ている者がいるのなら……そうさな。力の続く限り、走ってくれとしか』
『いるといいが……生まれているだろうか』
『願うしかない……これ以上の干渉は……』
そこから段々と二人の声が途切れ、聞こえなくなっていく。
周囲の景色が真っ白に染まり、消えた。
※※※※※
《オリジンの入場を確認しました》
《優先権限の行使を確認……消滅》
《各地の《転職の塔》のロックが解除されます》
《特殊クエスト生成……イベントボス《オーガ
《イベントボス討伐まで、退出不可となります。ご武運を》
意識と周囲の景色がはっきりしてきた……そう感じると同時に、そんな声が頭の中に響いた。
冗談がきつすぎる……これってあれじゃないか。
《ゴブリン暗黒騎士》の時と同じ、イベントボスの特殊クエスト……つまり、アホみたいに強い奴が呼ばれるのでは。
辺りは広い空間だった。
なんとなくだが、塔のワンフロア全てを使ったような、円形の空間のようだ……いや、それにしては少し狭いか?
ただの広場なのかもしれない。
それより、今はそんなこと考えている場合ではないか。
目の前に、大きな気配が集約していくのを感じるからだ。
たった今のいままで、そこには何もなかったのに、巨大な人形の存在がうっすらと現れ始めているのが見える。
オーガ……身の丈三メートル以上ある、膂力と耐久力で知られた、強力な魔物であるが、それの大神官?
聞いたことがないな……剣士とか拳士はいると聞いたことはあるのだが、確認されているのは、ほぼそういった物理攻撃系だ。
術師系統はまだ確認されていないはずだった。
それなのに……。
俺はあんなもの、倒せるのか?
倒さなければ、それで俺の人生は終了になるのだが……どうすれば、いい?
今の、まだ完全に現れきっていない状態なら簡単に倒せたりしないか?
ふとそう思って、その辺に落ちている石を拾って思い切り投擲してみたのだが、案の定というべきか、命中する前にバチっ!と何かに弾かれてしまった。
完全に登場するまではルール違反、というわけか。
くそ。
そして、オーガ大神官は、ついにその体を完全にこの世に表した。
三メートルは超えている、筋骨隆々の肉体、それなのに纏っているのはひらひらとした神官服であり、手に持っているのは巨大ではあるものの、いわゆる杖だ。
やはり術師系なのは間違いなさそうだが……術を放ってくるよりも杖で殴ってきそうだな、と思わざるを得ない。
そして殴られれば、俺の体など簡単に吹き飛ばされそうだが……でも、諦めるわけにはいかないだろう。
「……ゴブリン暗黒騎士の時だって、なんとか勝てたんだ……やりようは、あるはずだ。行くぞ!」
一人、そう叫んで気合いをいれる。
呼応するように、
「グォォォォォォッォ!!」
とオーガ大神官が吠えた。
俺は、震え上がりつつも、剣を構え、身体強化をかける……!
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