第88話 扉に触れる

「……大まかな総理の位置については分かってもらえたと思う。あとはこの魔導具を渡しておこう。これを持っていれば、近くに総理がいれば反応するから分かるはずだ……」


 扉に挑戦する前に、と。

 三笠大臣が《転職の塔》のどの辺りに総理の反応があるのか、ある程度の説明をしたあと、そう言って、雹菜に手渡したのは羊皮紙のように見える魔導具だった。

 開いてみるとそこには地図が記載してある。

 と言っても、詳しくは書いていないというか、塔の地図であることはわかるのだが、その内部の様子は一切描かれていない。

 塔の外壁だけが書いてあって、内部は空欄になっている。


「……これでどうやって……?」


 俺がそう呟くと、


「それは実際に迷宮を歩くことによって徐々にマップが記載されていくタイプの魔導具でな。数は少ないが、それなりに迷宮から出てる品だ。特にそれは、迷宮まるまるひとつ分のマッピングが可能な品で……まぁ、レアものだ。出来ることなら温存しておきたいが、今回は流石に、背に腹は変えられん。《転職の塔》の内部が分かるなら、それはそれで有用だろうしな」


 大臣がそう答えた。

 

「大盤振る舞いですね……オークションに出せば、億は降らない品なのに」


 雹菜が呟く。

 億って……一億のことだよな。

 やっぱり金銭感覚が通常の人間とはまるで異なると認識せざるを得ない。

 スーパーとかで買い出しをすると出来るだけ安いのを選ぼうとする人だけど。

 まぁかけるべきところを知っている、と言うことか。


「マップ関係の品は最近、深層だと見つかることも少しだが増えてきてると言うのもあるがな。ワンフロア分だけのものが多いが……ここは、一体どのくらいフロアが続くかわからんから、これを使うしかない。あぁ、あと、総理の持つ魔導具とリンクもしてあるから、近づけば地図上に表示されるはずだ。うまく活用してくれ。出来ることなら、他にも色々と渡したいところなのだが、武具関係はたいてい、貸し出してしまっててな……大した支援ができなくて、申し訳ないが……」


「いえ、薬品関係もかなりくださいましたし、それで十分ですよ。では、そろそろ……みんなも準備いいわね?」


 雹菜の言葉に俺たちは頷き、そして、


「お前たち! 今からB級冒険者が扉に挑戦する! 何があるか分からんから、一旦扉から離れろ!」


 三笠大臣がそう指示を出した。

 これは雹菜がそうした方がいい、と三笠大臣に頼んだからだな。

 もちろん、それは俺の身バレ対策というか、オリジンバレ対策なのだが。

 正直、政府が《オリジン》という言葉を知ってるかどうかも分からないが、余計な情報は与えない方がいいだろうと思う。

 全員が扉から出ている魔力フィールドの外に出たのを確認し、俺たちは扉に近づいた。


 そして、俺はその大きな扉に触れる。

 触れた瞬間は、何も起こらないように思えた。

 あぁ、やっぱり俺が選ばれし者とか、そういう分かりやすい厨二病感を満たしてくれるイベントは起こらないんだなって。

 《ゴブリン暗黒騎士》の時は、何かの偶然とかたまたまとかそういうものが機能した結果で、《オリジン》なんて存在も今では世界中にたくさんいて、俺である必要なんてないのかもしれないな、なんて。

 そんな失望にも似た気持ちが一瞬心の中を通り過ぎた。

 けれど……。


「……これは……!?」


 背後から、三笠大臣の驚愕するような声が聞こえて振り返ってみると、なんと徐々に景色が薄くなっていくのが見えた。

 周囲を見るに、俺と雹菜、それに紬と美柑さんだけははっきりとしていたが、それ以外は……。


「《転移罠》!? みんな気をつけて! どこに飛ばされるかわからないわ!」


 雹菜が即座にそう言って、俺の腕を掴む。

 同時に、紬と美柑さんもそうした。

 別に唐突に俺がモテ出した……なんて訳はなく、これは《転移罠》と呼ばれる、迷宮深層でのみ見られると言われる特殊な罠に対する対処法の一つだ。

 俺はパッと対応が思い浮かばず、しかし他の三人はベテランだから即座に反応した、と。

 経験の差が分かるな……。

 そして、そんなことを考えているうち、周囲の景色は完全に白い何かに霞むように消えた。

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