第87話 色々な事情
「……
扉まで歩きながら、俺は雹菜にひそひそと耳打ちをする。
うっすらと良い香りが鼻腔に感じられるが、ほとんど同じ家で過ごしているのだ。
何か慣れてしまっているところがあった。
それにこうしてひそひそと会話することも多かったからな……。
大丈夫かな、俺。
これだけ美人にそこまで何も感じなくなっていると言うことは、今後そういう感覚を強く持てることがあるのか……?
いや、多分大丈夫だろう。
仕事だから、と思ってる間だからこうなだけだ。
きっと。
そんなことを俺が思っていることなど知らず、雹菜も俺の耳元で囁く。
彼女の息がかかり、何かおかしな感覚が背筋を僅かに走ったので、大丈夫そうだな、と思いつつ彼女の言葉を聞いた。
「心配してるのは、《声》でしょ? 大丈夫よ。塔の扉周り見てみなさい」
扉周りには、多くの公務員や技術者達がいるが、注目しろと言っているのはそれではないことは分かる。
扉それ自体……というか、正確に言うなら、その周辺の魔力だな。
扉から二メートルほどの範囲に、魔力によって形成されたエネルギーフィールドのようなものが存在していることが見えた。
これはたぶん、俺と雹菜にしか見えていないはずだ。
魔力それ自体を目で見ることが出来るのは、かなり少数の冒険者しか持たない、レアな力だから。
スキルがなくてもこういうものは持てるのだな、と思うと少し不思議だが、スキルには特段表示されないのも謎だ。
ともあれ、そんな俺たちの目から見ると、そのフィールドは明らかにそこにあった。
「あそこまでが、塔の中扱いってことか」
「そういうことね。迷宮の入り口周りにも薄らとあるけど、それと同じもの。私と一緒に何度か迷宮に潜ったけど、特別なことは起こらなかったけど《声》は聞こえたわよね。《オリジンの入場を歓迎します》って」
「歓迎されただけで何もなかったなぁ……で、その声の範囲は、あのフィールド内にいる者に限られる、と。場合によっては俺にしか聞こえないこともあるかもしれないけど、今のところ確認できてないもんな」
それがあったのは数えるほど。
あの《ゴブリン暗黒騎士》との戦いの場であったのが最後だ。
まぁ、同じようなイベントがあれば聞こえるのかも知れないが、今はまだ未確定である。
しかし、ここにいる人間全員に《声》が聞こえてしまう、という可能性は低い。
絶対にないとは言えないけどな。
全員に通知される、といって本当にそうなったこともあるわけだし。
「ま、何か起こったらその時に対応考えるしかないから、そこまで肩肘張らずに行くしかないわね。《転職の塔》にしたって、大臣達の扱いを見たら、この機会を逃したらいつ次入れるか分からないし……多少のリスクは覚悟するしかないわ」
「冒険者だからなぁ……」
「ちょっと、何二人でひそひそ話してるのよ!?」
少し離れた位置にいた九十九が俺たちにそう言ってくる。
怒っている、というほどでもなさそうだが、少しだけ不満そうだ。
頬を膨らませている姿はまるで小学生……というと怒られそうだから言いはしないが。
雹菜は、
「ギルドメンバー同士で秘密の会話くらい普通するものでしょ。他のギルドの人間には言えない話もあるのよ。紬だってあるでしょう」
「それは……っ! そう、だけど……! 仲間はずれは寂しい!」
「そんな大した話でもないわ。それより、今は扉よ。開くことを祈りましょう」
「……うん。開くかな?」
「それは私たち次第……まぁ、開かなかったらまた別の手を考えれば良いだけだから、深刻にはならないようにしましょうね」
「うん!」
「……なんだか仲の良い姉妹のようだな」
二人のやりとりを聞いて俺がそう呟くと、
「……結構古い付き合いのようですから。といっても、うちの九十九が雹菜さんに懐いているだけですが」
と、依城が言った。
「そうなんですか」
「私に対しても、敬語でなくとも構わないのですよ?」
「いや……」
言ってはなんだが、雹菜や九十九と違って見るからに、大人の女性、という感じの彼女にタメ口で話すのは気が引けた。
そもそも、
「他のギルドの方ですから、礼儀は守ろうかと思って……」
九十九に対しても敬語である。
依城に対してだけ外すわけにもいかなかった。
「なるほど、九十九がいいというのなら、いいのですか?」
「え? いや、まぁ……」
「紬、天沢さんがもっとざっくばらんに話しても構わないか、と尋ねてるのですが」
「えぇ? 別に良いわよ。私もそうするし」
意外にも軽く許可が出て、
「と、いうことのようです。私に対しても、もちろん、そのようにしていただいて」
「……意外に強引な人だな、あんたは。分かったよ……ええと、依城さん?」
「美柑でいいですよ。名字は同じようなのが沢山いるもので」
「じゃあ美柑さんで」
*****
後書きです。
若干言い訳っぽい話だったかも?
でもそんな感じなのでよろしくお願いします。
話の進みももうちょい早くしたいのですが、どうもゆっくり目で申し訳ないです。
色々頑張ります。
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