第86話 塔と入場制限
「……本当に塔が生えてるわ……」
唖然とした顔でそう言った
懇親会が行われていた場所は銀座だったので、あれからほんの数分で首相官邸に到着した。
するとそこにあったのは、三笠大臣が言っていた通り、首相官邸を起点に生えている《転職の塔》の姿だった。
何階建て……というか、何メートル位あるのかはなんとも言えないが、かなり高いことは間違いない。
流石に東京タワーとかそんなレベルではないが、それにしたって見上げるような高さだ。
「ですが、不思議ですね。遠くからは存在自体、見えませんでしたが……」
そう言ったのは、《精霊の仮宿》の副ギルドリーダーである、依代美柑だった。
彼女また、塔を見上げているが、ただ驚いているというより、塔が一体どういう存在なのか見定めようとするよな理性の輝きがある。
対して、
「すごいわ! ここで転職ができるのね……! 雹菜、早く入りましょうよ!」
と場違いにも明るいのは九十九だった。
そんな彼女に呆れたような顔で雹菜は、
「転職云々の前に、まずは総理を助けることからでしょ」
「それは当然ね……でも、どこにいるのか」
雹菜の指摘に素直に頷いたあたり、倫理観がバグっている訳ではなさそうなので安心する。
九十九の言葉に雹菜も頷いて、
「総理は魔道具をお持ちという話でしたが、ある程度の位置は分かるのですか? 大臣」
三笠大臣にそう尋ねると、彼はあたりをキョロキョロと見回して言う。
「その点については……あ、いたいた。おい、三雲! 状況は!?」
と、塔の周りをうろうろしている者たちの内の一人に声をかける。
塔の周囲には、結構な人がいるが、その全ては冒険者省の関係者のようだった。
官邸敷地の中はもちろん、外でも接近制限を警察がかけていたのは車から見えていたから間違いないだろう。
結構な数の一般人や、中には冒険者と思しき人間の姿もあったが、今のところは政府関係者以外入れるつもりはないらしい。
まぁ、総理が中にいるのだ。
もしも何かがあったら、と思えばたとえ冒険者であっても信用できる者以外は今は入れられないのは頷ける話だった。
「大臣! 来られていたのですね! 気づかずに申し訳なく……」
三雲、と呼ばれていたその男は、眼鏡をかけたスーツ姿の、おそらくは三十前後と思しき華奢な男だった。
どうも体つきや雰囲気から、冒険者ではないようだが……官僚かな?
そう思っていると、大臣が、
「いや、そういうのは今はいい。それより状況の説明を……この方達が総理の救出に向かってくれる」
そう言った。
そして三雲は俺たちの顔を見て、目を見開いて言う。
「本当ですか!? あっ、すみません……私は
「それは本当か!? 電話では魔道具では場所がわからんという話だったが……」
「ええ、総理の居場所については普段、冒険者省の庁舎から監視していることはご存知かと思いますが、そちらの方ではいまだに分かりません。ただ、この……塔に近づいた上で観測してみると、普段より幾分かは大まかですが、しっかりと魔道具に反応がありまして」
「なるほど、距離の問題か……?」
「というより、この塔がおそらく迷宮や魔境のように、電波や魔力を遮断したり弱めたりするフィールドを形成している可能性が……いえ、そういった細かい検証は今は問題ではないですね。それより、総理を……」
「うむ……ただ、どうも中には入れないとも言っていたな?」
大臣がふとそう言った。
それも電話で聞いていた情報なのだろうが、これに雹菜が、
「大臣、それはどういう?」
と尋ねると、三雲が答えた。
「入口が開かないのです。扉はあるのですが……一応、D級の冒険者資格も持っている職員が無事だけでも確かめられないかと入ろうとしたのですが、扉が開かなくて……」
「……それじゃあ、私たちも入れないじゃない!」
九十九がそう叫ぶ。
大臣も少し冷や汗を垂らしながら、三雲にさらに尋ねた。
「入る方法は……見つかっていないのか?」
「いえ……色々とやっているのですが……」
そこから、大臣と三雲がああでもない、こうでもないと話し始めたが、結論は出ないようだった。
そんな中、雹菜がふと、俺の方を見て耳打ちをしてくる。
「……ねぇ、創。私たちなら、というか貴方ならいけるんじゃない?」
「……やっぱりそう思うか。これってさ、あれだよな……」
「あれでしょうね……」
あれとは何か、言わずとも二人の間では通じていた。
しかし公言は出来ない。
ただこのまま時間が経過するのに任せるわけにもいかない。
総理の身が危険だからだ。
だから、雹菜が大臣と三雲の間に入って、
「お二人とも、ちょっと私たちもその扉を試させてもらってもいいですか?」
と言った。
「いや、だが……」
「ある程度のステータスを持つ冒険者が近づかなければならない、とかそういうこともあり得ますから。ここにはB級以上は私しかいないのですし」
「む、それは確かに。そういった迷宮は少ないが、深層での立ち入り制限などの話も聞いたことがある」
「ええ、それですそれ」
言いながら、それじゃないってわかってるけど方便で言ってるな、と思った俺だった。
しかし当然黙っていた。
それから、
「では、頼む。無理な時は他に方策を探すから、あまり責任は感じないで気軽にでいい」
と許可が出て、雹菜は俺たちに、
「じゃあ、みんなで行きましょう」
と言った。
俺が一緒に行っても不自然でないように、という配慮なのは明らかだったが、そんなことは俺と雹菜にしかわからない話だった。
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