第85話 転職するには

「……今のは、やはり……君たちも、なんというか、焼き付けられたか」


 三笠大臣がその場にいる皆の顔を見てそういった。

 この妙な情報の焼き付けは、冒険者としての資質を持った者にだけ伝わる。

 実際、この会場にいても一体何が起こったのか、把握していない者もそれなりに確認できる。

 先ほどの地震についてだけ、不思議そうな顔をしているだけだ。

 しかし冒険者としての資質を持つ者は、少し納得の感がある顔をしているのだ。

 なぜなら……。


「はい、大臣。どうやら……先ほどの地震は《転職の塔》というものが出現した影響だと考えるべきのようですね」


 雹菜はくなが代表して答えた。

 つまりはそういうことだ。

 先ほど焼き付けられた知識の中に、地震の理由があったのだ。


「の、ようだな……ただし、どこに出現したかまでは教えてはくれんようだが。見ればはっきり分かるのか? その辺もな……む? 失礼」


 首を傾げる三笠大臣の懐から、スマホの呼び出し音が響き、彼はそれに出る。

 彼は冒険者省大臣であるから、今の情報や、《転職の塔》についての様々な情報が彼の元へと集まってくるのだろう。

 そしてその後の対応を想像すると、とてもではないが大変そうすぎて気の毒になってくる。

 ともあれ、そんなことは俺たち一般の冒険者が気にすることではないな。


「雹菜、やっぱり早速《転職の塔》、行ってみるか?」


 俺がそう尋ねると、彼女は頷く。


「それはそうよ。今までどうすれば得られるのか分からなかった《職業》を得る方法がはっきりしたのだから。細かい部分については相変わらず不親切に教えてくれないみたいだけど《転職の塔》に行けば転職が出来る、というのはわかったのだし」


「どんな《職業》があるのか謎だけどな……どうする? 遊び人とかあったら」


「それはそれで面白いから、創がなってみれば? 唯一無二の存在になれるわよ」


「……いやぁ」


 これ以上は流石に、と言いたくなったところで、


「何!? それは事実か!? いや、しかし今はA級以上の冒険者は出払って……ううむ。む?」


 三笠大臣が驚いたように叫び、それからこちらの方を……具体的には雹菜の顔を見て頷く。

 それから、


「まぁ、話はわかった。基本的にはそちらで対応するように頼む。俺もすぐに行くが……無事は無事なんだな? では」


 そう言って電話を切り、それからすぐに雹菜の方に近づいて言った。


「……すまないが、手を貸してくれないか? B級冒険者の白宮雹菜殿」


「えっ?」

 

 ******


「……つまり、《転職の塔》らしく構造物が、首相官邸から生えてきて……で、そこに総理が閉じ込められたかも知れない、と?」


 頑丈な防弾ガラスの装備された黒塗りの高級車の中、雹菜が三笠大臣にそう言った。

 今、俺たちはある所へ三笠大臣直々の運転によって送られている所だった。

 専任の運転手は、と言いたい所だが、いたにはいたが、降ろされている。

 その理由は簡単で、定員オーバーなのと、運転の荒さゆえだ。

 恐ろしい速度で走っている。

 しかし、どこにもぶつからずに進めているのは、三笠大臣の冒険者としてのステータスの故だろう。


「どうやらそのようだ。位置については詳細はともかく、総理のお持ちの魔道具によって確認できているのだが、動いていないらしい。もしかしたら気絶しているのかもしれん。それ以外の理由も考えられるが……とにかく、早く助けに行かねばならん」


「冒険者省には冒険者も所属しているはずだったと思いますが……」


 それこそA級の冒険者も、冒険者省にはいたはずだ。

 助けに行くのであれば、彼らが行くのが一番いいはずだが……。

 そう思っての雹菜の質問だったが、三笠大臣は首を横に振って、


「いや、彼らは今、ある迷宮に潜っていて、連絡が取れない。転職の方法を探しに出ているのだ……気づいて戻ってきているところかも知れんが、一日二日では厳しいだろう。他のA級やS級も同じような状況であることは、白宮君ならば知っているな?」


「……はい。総出で探していることが仇になりましたか。で、せめてB級をと?」


「あぁ。だが……その、本当に大丈夫なのか?」


「彼のことですか?」


 そう言って俺の方を見る雹菜。

 大臣は、


「あぁ……まだ駆け出しだという話だったと思うが?」


「それについては……うちのギルドの秘密兵器ですので、詳細はお答えしかねます」


「……まぁ、問題ないならいいのだが。それに加えて、だ。九十九くんも一緒でいいのか? 別のギルドの人間と一緒だと、やりにくい気がするが」


 車には、俺と雹菜、それに大臣以外にあと二人乗っていた。

 そのうちの一人が、九十九紬だった。


「彼女とは付き合いが長いので、大丈夫ですよ。それに、お目付役もいますし」


 そう言って助手席の方を見ると、そこには成人の女性が座っている。

 すっとした顔立ちの冷たげな女性だ。

 彼女は、九十九のギルドに所属する、副ギルドリーダーの、依城美柑よりしろみかんという人らしく、会場を出る時慌ただしく紹介された。


「お目付役などと言うことは……ですが、しっかりとサポートを努めさせていただきますので、どうぞよろしくお願いします」


 依城はそう言って軽く頭を下げる。

 つまり、ここにいる四人で、総理を助けに行く、と言うことらしいが……大丈夫なのだろうか?

 駆け出しに過ぎない俺としては、不安を感じずにはいられなかった。

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