第84話 異変

「み、三笠大臣……!」


 流石の雹菜も、後ろから冒険者省の大臣に話しかけられては少し驚いたらしい。

 少し慌ててから、頷いて、


「……取り乱しまして、申し訳なく。そうですね、もし三笠大臣のような方に顔を知ってもらえれば、新ギルドとしてはありがたいことこの上ないので」


 冷静にそう答えた。

 三笠大臣は、


「ははは、白宮君、君の顔なら創設式の前からよく知っているよ。君が高校生として初めてB級冒険者になった、その時からね」


「……ありがとうございます」


 そう答える雹菜を、後ろから恨めしく見つめている紬だったが、そんな彼女にも三笠大臣は気付いたようで、


「……もちろん、君のこともだよ、九十九君。君は白宮君の実績に迫る成績を残しているからな。有望な冒険者だ。本当に、今日の創設式は久しぶりに期待の出来るギルドが複数表れた、いい創設式だった。冒険者稼業というのは過酷だから、必ずしも全てのギルドがずっと結果を残し続けられるというわけではないだろうが……それでもね。若い世代が、こうして同じ日に出てきたというのは冒険者省大臣としても嬉しいんだよ。こんなことは、十年ぶりだからね」


「十年前と言えば……今では中堅と言われているギルドのいくつかが創設された時ですね。確かにあのときは、冒険者業界の将来は明るいとしきりに報道がされていました」


 雹菜の返答に、三笠大臣は頷く。


「まさにね。あのときと今では、大分状況が変わってしまったが……それでもこうして、君たちのような新人が明るい話題を提供してくれたのだ。申し訳ないが、かなり報道も大きくされると思うが……どうか受け入れてくれ」


「……あのテレビ局のカメラの多さは、まさか」


「いや、別に無理に呼び寄せたわけではないんだがね。やはり彼らも本職だ。誰もの耳目を集める情報には耳ざとい。少しだけ、今日の面子についての情報も流れていたようだ……おっと、我々は流していないからね?」


「流してくれてもよかったのに!」


 そう言ったのは、雹菜ではなく、紬だった。


「おや、九十九君は目立つのが好きなのかな?」


 この質問は、冒険者の中でも目立つのが大好き、というタイプが少数派だからこその言葉だな。

 なぜ目立ちたくないかと言えば、高価な素材を多く扱う職種である。

 一般人から隔絶した実力を皆、持っていると言っても、おかしな考えを持つ人間によく狙われるという事実は拭えない。

 だからこそ、顔やら本名やらは可能な限り、大々的には出したくない。

 そんな冒険者が多いのだ。

 ただ、流石にギルドリーダーとか代表冒険者とかそんなところになってくるとそれは無理だ。

 それに高ランクになるにつれて、難しくなっていく。

 B級まで来ると、ほぼ不可能と言って良い。

 テレビ出演とか、CMの依頼とかも増えるらしいしな。

 雹菜はギルド創設前は少々のテレビ出演や雑誌でのインタビューはともかく、CMなんかは断っていたらしいが、今は積極的に受けている。

 ギルドのイメージを上げたいらしい。

 疲れないか、と聞けば、体力から何からステータス上、常人の何倍もあるから平気だ、と言うのだが、精神的疲労というのはそうでもないからな。

 もちろん、精神の値もステータス上は高いが、あれは必ずしもそういう精神的疲労とは相関していない気がするのだ。

 魔物に対する恐怖心とかは軽減されてるとは思うが……。

 ともあれ、目立ちたがりの冒険者というのは少数なので、意外に貴重である。

 三笠大臣としても、紬のそんな性質は歓迎なのかも知れない。

 紬はそんな考えを分かってかどうか、


「私はいずれ雹菜よりも有名になりたいんです! 今はランクも実力も負けてるけど……ギルドとしては、同時期設立になりましたし……!」


「なるほどな、君と白宮君は、本当の意味でライバルという訳か」

 

「はい!」


 紬は元気よく返答したが、雹菜はぼそりと、


「……いや、別に私としては勝っても負けても良いのだけどね……」


 と呟いていたが、特に聞こえはしなかったようだ。

 

「それは重畳。同時期設立のギルドが切磋琢磨し合って駆け上がっていく姿は、きっと多くの冒険者に夢と希望を与えるだろう! ぜひ二人には頑張って……む!?」


 三笠大臣が激励に、とそこまで話したところで、急に会場が酷く揺れ出す。

 どうも地震のようだが、普通のものとは違うようだった。

 しかも……。


「これは一体……え!? 《転職の塔》……!?」


 冒険者たちの頭の中に、以前何度かあった、謎の情報の焼き付けが、その場で行われたのだった。

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