第80話 学校への報告
「……と言うわけで、俺、《無色の団》っていう新しいギルドに就職が決まりまして……」
微妙に気まずい表情で俺が報告しているのは、社会科教諭の金山圭吾、つまりはカナ先だった。
なぜ気まずいかは言うまでもなく、俺は学校にいる間、ずっとカナ先とは馬が合わずにいたからだ。
別に悪い教師、というわけではない。
そんなに評判は悪くはないというか、むしろいい方なのだ。
けれど俺には何故か……。
だから俺がこんな報告をしたところで、彼は嬉しくもなんともないだろう、と思っていた。
だが、
「……天沢、お前……」
あぁ、なんか文句言われる。
そう思った瞬間、カナ先は破顔して、
「良かったなぁ! ついに就職決まったのか! おめでとう!」
そう言ってきた。
「え? え?」
俺が予想外な状況を受け止められずにいると、カナ先は、
「なんだ? そんなに意外か、俺が喜ぶなんて?」
「い、いや……あの」
「ふっ。分かってるさ。俺はお前には結構厳しく接してきたからな。だがよく思い出せよ。俺はお前に真面目に勉強に取り組めって言ってきただけだぞ。その他については……まぁ、身だしなみとかについてもうるさく言ったかもしれないが、そんなものだろう」
「……言われてみれば。でも俺以外に、俺よりも酷い授業態度とかのやつもいたじゃないですか! なんで俺だけ……」
俺の素直な疑問にカナ先は微妙な表情をして、それからため息をつき、
「……触れまいとして来たが、就職が決まったんだ。言ってもいいか」
と前置きをしてから、語り出した。
「だってお前、スキルゼロだろ? それで就職に苦戦してるってのは、担任としてよく知っていたよ」
「それが一体……」
「だから、どうしようもなくなったら、一般企業に潜り込むしかないだろうと思ってたんだよ。ギルドとか、冒険者関係の就職先ってのは、なんだかんだ実力主義だからな。礼儀とか知識とか、そんなのは二の次三の次だ。だが、一般企業じゃそうはいかない。普段からしっかりとした身だしなみを整えて、知識をコツコツとつけて、地道に努力していく……ってまぁ、冒険者もあった方がいいだろうが、求められるレベルが違うからな。お前には厳しく言わざるを得なかったんだよ」
「他の奴らは……」
「そういう奴らは、おそらくギルドに内定が出るだろうって奴らだったからな。まぁ、お前以外、ほぼ内定は出るってはっきりしてたが……途中で急に一般企業にってやつもいないではないけど、そういう奴らは言わずともやるしな」
「じゃあ先生は、俺のことを考えて……?」
「そんな大層なもんじゃない。だが、俺なりにもいくつか伝手は探ってた。コネ入社、なんて嫌だろうが、冒険者高校に行って、冒険者以外になろうとしたら、そういうものも頼らないと厳しいからな……ま、全部無駄になったわけだが。めでたい話だ……」
そんなことまでしてくれてたのか、この男は。
信じられない、まずそう言いたくなったが、そんな嘘を言う理由もないだろう。
それに思い返すに、カナ先の言うように彼が俺にやってきたことは、基本的に厳しいが、正しい指摘ばかりだった。
それを俺は口うるさいとかそういう感覚で捉えてだだけってわけか……。
いや。
「でもたまに教科書で俺の頭ぶっ叩いてたでしょうが、あんた」
「そりゃお前があからさまに落ち込んだ顔してたりするから、喝でも入れてやろうと思って……って、まぁ、そうだな。その辺については悪かったよ。どう考えても体罰だからな」
素直に謝って頭を下げるカナ先。
俺はなんだか慌ててしまって、
「い、いや、いいんですよ……俺が悪かったんだし」
「お、そうか? よかった、訴えられずに済んで……ここだけの話、最近そういうの厳しいんだよな……苦情入ってくると、すぐに校長から呼び出されてさ……」
「経験が……?」
「幸い、俺はない。ただここは冒険者高校だからな……さっき言ったように、一般常識にかけた冒険者上がりがたくさんいる。俺もそうだし。だから余計にな……」
「あぁ……」
「ま、ともあれ、おめでとう、天沢。調査票はもらっておくよ。しかし、あの有名な白宮の姫と一緒にギルド創設とはなぁ……派手な話題になったもんだ。これでうちの高校も、来年は人を呼べるぞぉ!」
「……現金な人だな」
しかし、もう少し前まで感じていた苦手意識は、カナ先には感じなかった。
これが社会人になっていくということなのかもしれない。
卒業式までもう少しだ。
何かカナ先に贈り物でも用意してやってもいいかもしれないな……そう思って、学校を後にした俺だった。
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