第79話 ギルド名

 とはいえ、流石に創設の為の書類提出日である。

 ギルド名を空欄で出すわけにはいかない。

 今日までは《仮》ということで構わなかったのだが、来月にはしっかりと登記されるため、これについては後回しには出来なかった。

 二時間ほど、リビングで毛筆と半紙を前に陶芸家のような顔で腕を組み、瞑想し続けた雹菜だったが、ついに、


「……思いついたーっ!」


 と、テンション高く叫び、そして筆を、まるで戦闘時の細剣を動かすように優雅かつ素早く動かして、半紙にそれを記載していく.

 俺は最後まで書けたのを見計らって、お昼ご飯として作ったチャーハンとスープを持っていくと、雹菜は胸を張って半紙を俺に見せてきた。


「どうかしら!?」


「……ええと……」


 見てみるとそこには、


「……《無色の団》? なんだこれ」


 シンプルにも程がないか、と思ってのセリフだった。

 別に嫌いではないが……ただ、雹菜はセンスを咎められたのかと思ったのか、言い訳のような台詞を語り始める。


「こっ、これはね、ほら、五大ギルドはそれぞれのトップや代表する冒険者なんかの属性から取ったり、その他の大規模ギルドでも属性からイメージされる色とかつけたりするじゃない? 私の前いたところだと《白王の静森》で白とか、美佳が入るはずだった《炎天房》で炎とか。でもうちってほら、そういうのないというか……」


「そうか? ないこともないだろ。雹菜が代表なんだから、氷とか青とかさ」


「でも美佳がいるから、炎系に弱いってこともないじゃない。なんか否定してるみたいで嫌なのよ」


「……まぁ、わからないではないけど、別にあくまでも代表的な属性とか色とかなんだから、そこまで気にしなくても……」


「そもそも、創設メンバーは四人……いえ、正確には五人で、みんな出来ることが違うじゃない? だからこう、誰ともぶつからないような命名にしたくて……」


「で、無色?」


「無属性、とかでもよかったけど、別に無属性って訳でもないし……そもそもこのギルド立ち上げの原因になったのは、創で……そもそも創の力って色がイメージできないし。あと、これから私たちはどんな色にでも染まっていけるっていうか、そういうのも含めて……ね。ほら、悪くないでしょ?」


「ふーん、なるほどな……まぁ、別に俺は最初から悪いなんて言ってないけど」


「えっ? でも微妙な顔を……」


「いや、シンプルだなぁと思っただけだぞ。だいたい、ギルド名って良くも悪くも、何でもいいって言うだろ? 最初はよくわかんない名前でも、徐々に実績を積み重ねていけば、それと知られていくからって」


「……まぁ、身もふたもないこといえばそうね。なんだ、言い訳しまくって損したわ」


「言い訳だったのか?」


「必ずしもそういうわけじゃ。全部本当よ。まぁ、他の色とかはだいたい有名なギルドが使っちゃってるから、その辺を避けたってのもあるっていうのが最後の理由かしら」


「それが最も雹菜らしい理由だな」


「面白みがない?」


「合理的だなって思うだけだよ……確かに言われてみるとそうだなとも。これからギルド作る奴らがいるとしたら、やっぱり色とか属性は避けるのかな?」


「あぁ、その傾向が強いわね」


「え?」


「最近、よく資料とか書類集めとかで会う知り合いたちがいるんだけど、聞いてみるとどうも新しいギルド立ち上げるつもりみたいだったのよね。で、ギルド名とかどうするのか聞いてみたら、やっぱり属性とか色は避けてたわ」


「なるほど……なんだよ、やっぱり色々考えた上でつけたんじゃないか」


「考え過ぎて、もう何にすればって感じだったのよね……ま、創の言う通り、どんな名前でも構わないものね。後は私たちが自分で大きくしていけばいいだけなんだから」


「そういうことだな……式典はやっぱり来月初めに?」


 式典というのは、新しいギルドが創設された場合に行われる、国主催の行事のことだ。

 ギルド創設式、と言われるもので、まぁ、ここ数年はそれほどたくさんは開かれていない。

 でも中小ギルドが立ち上がることは全くないわけでもないので、たまにある。

 場所は霞ヶ関の冒険者省庁舎で行われ、大臣から直々に創設許可証が授与されるわけで、正装が基本だ。


「ええ、今日書類を提出し次第、日時が通知されるはずよ。美佳と慎くんは大丈夫だけど、創、スーツ用意した?」


「いや、まだ……」


「ちょっ! 注文しておいてって言ったでしょ! なんで……」


「忙しくてすっかり。別にその辺の吊るしのやつ買えばいいだろ」


「ダメよ! 見劣りするじゃない! 書類提出したら、すぐに注文しにいくわよ! 私の馴染みのところに行けば、ちょっ早で用意してくれるから!」


「えっ、お、おい、雹菜……」


 そして、引っ張られていく、俺だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る