第73話 迷宮での話

「さて、私が話したいことはだいたい話しちゃったから、今度はこの間のみんなのことね。大まかなことは聞いたけど……」


 雹菜がパン、と手を叩いてから話題を変える。

 この間のこと、とはつまり、俺たちが潜った《狭霧ダンジョン》でのことだ。


「そうそう、なんか随分とおかしなことが起こったの。創は自分のせいだって言うんだけど……」


 美佳がそう言って俺に視線を向けたので、今度は俺が話し出す。


「あぁ、それは多分間違いないと思う。迷宮のボス部屋に入る前に、変な声が聞こえたんだ……」


「電話でも言ってたけど……具体的にはどんな声?」


「《オリジンの入場を確認します》《特殊クエスト生成……イベントボス、《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》が選択されました》《イベントボス討伐まで、退出不可となります。ご武運を》……とかって声だった」


 あの時の声の内容は、はっきりと覚えていた。

 別に俺は記憶力の良い方でも何でもないのだが、それなのに、一言一句抜けてなかった。

 なのでこれはあれに近いのではないか、と思っている。

 《ステータスプレート》について、説明書らしき知識が頭に焼き付けられた時、同じもの。

 だから俺は忘れないのだと。

 俺の言葉を聞いて、雹菜は口元に手を当てて、考える。


「うーん……そんな話、一度も聞いたことがないわね。《狭霧ダンジョン》の第一階層のボス部屋って言ったら、複数あるけど、あの神殿建物に入ったんでしょ? それなら通常は……アイスゴブリンチーフとソルジャーだったわよね」


「よく覚えてますね!」


 慎が感心するようにそう言ったのは、別に雹菜の知識を馬鹿にしてるというわけではなく、高位冒険者になると駆け出しが潜るような迷宮には中々潜らなくなってしまうし、仮に潜るとしても何かしらの手段で低い階層を飛ばしたりするため、低層の知識は徐々に記憶から抜け落ちていくことも多いからだ。

 それに加えて《狭霧ダンジョン》はそこまで有名な迷宮というわけではない。

 そんな迷宮の、第一階層のボスの種族など覚えているのは、本当に感心すべきことだった。

 けれど雹菜は苦笑しつつ、首を横に振って、


「低階層のボスモンスターの種類とかもギルド管理者を取るためにはある程度覚えてないとならないからね。暗記してるのよ」


「え、どうして?」


 美佳が尋ねると、雹菜は答える。


「ギルドを管理するわけだから、当然、駆け出し冒険者たちに対する適切な指導・管理もその仕事の一部だからね。昔はそこまでは仕事の範囲ではなかったんだけど、駆け出しを使い潰すようなギルド管理者が多くなった時期があったみたいで……十年以上前なんだけどね。だから、政府の方で規制を入れたの。その結果、ギルド管理者の試験にも反映されて……難化したわけ」


「そういや、一時、新人冒険者の死者数が極端に増加したときあったなぁ」


 俺が小学二、三年生くらいの時の話だ。

 ニュースで色々報道していたのを覚えてる。


「そうそう、それよ。当時見つかった迷宮の一つが、ちょっと性格の悪い罠があってね、そこに使い捨てのように新人を使う中小ギルドが出てきて……まぁ、大抵は捕まって今は牢獄か死刑かなんだけど、それでも迷宮でのことだからね。証拠が集まらなくて未だに活動してる奴らもいるわ。政府の規制は間違いなく正しいってことがこれでわかるわね」


「おっかない話ですね……」


 慎が肩を抱きながらそう言った。


「ええ、実にね。ただ、この規制はメリットばかりでもなくて……結果的に試験が難しくなったからね。最近、あんまり新しいギルドの立ち上げがないのは、この資格の難易度が少し上がりすぎてるのがあるわね。あと、認可も降りにくくなった。お医者さんとか弁護士さんとかと比べると学科の難易度は低いんだけど、流石に毎日迷宮に潜りながら資格のお勉強っていうのもね……気が狂いそうになる人はいるんじゃないかしら」


「雹菜はそんな中でも資格を取ったんだね……?」


 美佳が恐る恐る、といった感じで尋ねると、彼女は笑って、


「私はもともと、迷宮の中でも気にせずに眠れるタイプだから。本当にその辺は人によって分かれるのよ……っと、話がだいぶズレだけど、ボス部屋でのことだったわね」


「あぁ、あれはなんだったのか」


「普通に考えて、創の《オリジン》が理由よね? はっきりそう言ってる訳だし」


「まぁ、それはな。結局《オリジン》ってなんなんだ……? 俺はボス部屋に入るたびに、あんなことになるのかな?」


 だとすれば、これからは他人と迷宮に行くのは中々難しくなりそうだ、という話になる。

 しかし、これに雹菜は、


「なんとも言えないけれど、とりあえず今度私と一緒に同じところに行ってみましょう。あと、他の迷宮にもね」


 とあっけらかんとした様子で言う。


「お、おい、いいのか。また……」


「同じことが起こったらって? 同じレベルの魔物だったら私はなんとかできるって知ってるでしょ? 少なくとも、三人で倒せたのなら、私にも倒せる。《豚鬼将軍》と同じくらいの威圧感を感じたって話だったけど、多分、実際はもう少し弱かったと思うわ」

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