第72話 勧誘
「……ギルドを作るって、そんな簡単に……本気ですか?」
慎が雹菜にそう尋ねると、彼女は微笑みを崩さずに至って普通の様子で答える。
「本気も本気よ……そもそも、私はいずれ今のギルドを離れて独立するつもりだったからね。そのために必要な資格や準備は進めていたの。そこに創のことがあって……まぁ、予定より早めようと思ったのよ」
「資格って言うと、ギルド管理者資格がいるんだよね? 相当な難関だって聞いてるけど……うちの高校でも取ろうとしてる人いたけど、在学中は厳しいって」
美佳が思い出すようにそう言った。
冒険者関係は色々な資格が存在していて、冒険者高校はそのための講座などを多く開いているが、ギルド管理者資格についてだけは存在していない。
なぜかというと、そもそも受験資格そのものがC級冒険者以上とか他の資格を持っていて、実務経験があること、などといった縛りがいくつもある上、他のいずれの資格よりも上位にあるために、冒険者高校の生徒がそう簡単に受かるようなものではないからだ。
試験自体もかなり厳しいもので、学科には数千時間の学習時間が必要な上、実技科目まである。
そんなものを雹菜くらいの年齢で持っているというのは……。
やはり、B級にまでなる人間というのは頭の出来も違うのだろうか。
そんな気がしてくる。
実際のところ、高位冒険者でもそれほど勉強的な意味では賢くない人もたくさんいるので、そんなことはないのだが。
「私の場合、C級になった時点でギルド管理者を視野に入れて勉強してたからね。年季が違うだけよ」
「いやいや、そういう問題じゃないと思うけど……まぁ、いっか。でも、本気なんだね……それも創だけじゃなくて、私と慎も入れてくれるつもりなんて……」
「創のことについて、何も隠し事がない人間でギルドを創設出来れば、やれることが多いと思うのよ。それに、美佳と慎君の実力も、さっき測れたから。高い将来性を感じるわ。だから、少しだけ、考えてみてほしいの。もちろん、この時期だから、二人ともすでにいくつかのギルドから内定が出てると思うし、囲い込み紛いの研修にも参加してると思うから、絶対に断ってこっちに来い、なんて言えないけど……選択肢の一つとして、ね」
「確かに私はいくつか……《炎天房》をはじめとするギルドに内定をもらってる。あっ、そうだ。それに《炎天房》からもらった上級回復薬、使っちゃったんだった……流石に断りにくいかも……」
「あぁ、大規模ギルドから内定出てるのね……上級回復薬か。慎君の怪我に使ったんだったわね?」
「……俺が悪いんだ。俺が怪我したんだから……金は俺が払うって、美佳」
「で、でも一千万だよ!? 無理だよ……」
不安そうにそう呟く二人だったが、すぐに雹菜が、
「それなら私の方で補填するから気にしなくていいわよ。上級回復薬そのものか、お金でもどっちでもいいけど……」
「えぇ!?」
「ほ、本気ですか!?」
二人が驚くのも当然の話で、俺も、
「……金額やばかったけど、本当に大丈夫なのか……?」
と俺も尋ねる。
しかし雹菜は軽く、
「平気平気。上級回復薬なら自分で取りに行けるもの。C級くらいの実力があれば、四人パーティーくらいでもなんとかなるのよ? まぁ、それくらいだとそれなりの損害は覚悟しないといけないけど……私、狩場を知ってるし、相性も相当いいから、怪我なく行けるの。それにお金だったらもっと安全だし。百万円くらいの魔石を十個くらいとってくればいいだけだもの」
そう言った。
「B級冒険者って……どんだけ稼げるんだ……?」
俺がおずおずと尋ねると、雹菜は意味ありげに微笑んで言った。
「それは、自分でなってみてからのお楽しみね。ただ、少なくともこれくらいの家には簡単に住めるようになるわ……みんななら、そんなに遠くないと思うし」
「話を戻すけど、ギルドって、いいのか? かなり俺、厄介ごとの自覚あるけど」
「いいわよ。というか、創がいるから時期を早めて作るんだって言ってるじゃない。まぁ、創がどうしても私とやりたくないとか、他のギルドに就職を決めたいというのなら、応援はするけど……」
「いやいやいや、いいって! 入れてくれるなら……結局、ここまで全て話すことは、他のギルドでってのは難しいし……雹菜についてはもう、人柄も考えもある程度分かってるからな」
「なら、創は決まり、と。良かったわ。慎君と美佳は……いきなりここで結論出せっていうのも難しいでしょう。持ち帰って、考えてみて、改めて返事を聞かせてくれる?」
雹菜の言葉に、慎と美佳は静かに頷いたのだった。
ただ、その表情を見る限り、答えは決まっているように見えた。
それでも考える時間をくれたのは、雹菜なりの誠意だったのだろう。
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