第70話 威圧
「……どうぞ」
雹菜にそう言われて、俺たちは彼女の家の中に入った。
タワーマンションでも高層階に位置する一室。
かなりの広さだろうとは入る前から思ってはいたが……。
「えーっ! すごーい! 凄いよ、雹菜さん!」
と美佳が分かりやすく感情を見せている。
慎と俺は若干唖然としていた。
「B級冒険者の稼ぎって、やっぱ凄いんだな……普通、冒険者学校出たてだと、ワンルームがせいぜいだって先輩たちも言ってたぜ……」
「学校出たてじゃ、普通の会社勤めと変わらない収入しかないものだからな……それでいて、本当の意味で命懸けの仕事だから、割に合わないってよく言うが」
けれど、ギルドとしてはそれでも十分に払っている方だと言える。
なぜなら、駆け出しが得られるようなドロップ品や素材では、売買してもそれほどの高額にならないものばかりだからだ。
赤字分をギルドがむしろ補填しているのだな。
なぜそんなことをするのかといえば、年に一度か二度くらいは、駆け出しでも結構いいものを得られたりして、それを売却すればトントンくらいにはなるからだ。
そして徐々に成長していき、自分の手で十分な稼ぎを得られるようになっていくため、最終的にはギルドにプラスになる。
つまりは先行投資だな。
もちろん、大規模ギルドになってくるとさらに事情は変わってきて、それこそ入りたてでも結構な収入が約束される。
しかしそれだけにハードルは恐ろしく高く、美佳の《上級炎術》ほどのスキルまでは求められないにしても、中級のスキルくらいは初めから持っていないと中々取ってはもらえない。
美佳はそういう意味で、かなりのエリート、ということになる。
慎もほぼ同様だ。
未だに内定のないのは俺だけ……という悲しい事実は未だに変わらない。
でも、今の俺にはアーツがある。
悲観する必要は、もうない。
「そんなに大したものでもないわよ? それに迷宮にいる時間の方が長いから、広い部屋にしても正直仕方がないところもあるのよね……最近は他にやらなきゃならないことも色々あって、そのせいでほとんど寝るために帰ってくるだけだから、それこそワンルームでも十分……」
雹菜がそう言うと、美佳はずずい、と近寄って、
「ダメですよ! 雹菜さんくらいの美人なら、セキュリティしっかりしたところに住まないと!」
「褒めてくれるのは嬉しいけど……私、その辺の男なら比喩でなく握りつぶせるからね……あっ、そういえば、美佳さん、私のことは呼び捨てで構わないわよ? 敬語もいらないし。同い年でしょ」
「えっ? 本当ですか? じゃあ、私のことも呼び捨てで全然……」
「じゃあお言葉に甘えさせてもらうわね、美佳」
「はい……じゃなかった、うん、雹菜」
すぐに対等な言葉遣いになる、二人に俺と慎は、
「……女子のコミュ力よ」
「いやいや、お前だって最初っから雹菜さんとタメ口だったろ」
「……俺の場合、有名人だって知らなかったし、向こうも自然だったからな……。俺だって知ってる芸能人とかに会ったら敬語で話すよ」
「そんなもんかね?」
「そんなもんだ。俺はお前がさん付け続けてる方が意外だ……いや、考えてみりゃ、お前、美佳以外の女に対してはみんなさん付けか?」
「おっ、意外なところに今更気づいたか。まぁそれはいいさ。それより……」
「で、今日は話があるってことだったけど……電話でも言ってた通り、二人とも知ってしまったのよね?」
雹菜が切り込んでくるように、そう言った。
その雰囲気はさっきまでの穏やかなものとは違って、少しばかり緊張感に満ちていて、俺たちは息を呑んだ。
しかも、ただの威圧ではない、強力な魔力が噴き出しているのが俺には見える。
美佳と慎には見えてはいないだろうが、二人も魔力の気配は感じられる。
それも、これだけの大きさのものならば当然に……だからこそ、二人はびくり、と肩を竦ませる。
が、すぐに雹菜はその雰囲気を引っ込めて、
「って少しだけ脅かしてみたけど、そのうちきっと、バレてしまうだろうとは思ってはいたから、そのことについてはどうこう言うつもりはないの」
「じゃあ、どうして……」
「二人の胆力が知りたくて……見た感じ、冒険者駆け出しには思えないほど、覚悟があっていいわ。これなら、大丈夫でしょう。それに……魔力に対する感性が、高位冒険者並みね……なんでかしら?」
穏やかな様子で首を傾げる雹菜に、どうやら本当に脅かしただけ、と気づいた美佳と慎はほっとしたように緊張を弛緩させ、
「……心臓に悪いよ、雹菜……」
「B級の威圧なんて滅多に受けられるものじゃないから、得したのかもしれないけど、いきなりは勘弁ですよ、雹菜さん……」
そんなことを言う。
「ごめんごめん。でも、創の力に、これから先、気づく人は増えると思うのよね。そういう時に、対応出来るだけの覚悟がないと危ないなと思って……まぁ、細かいことはこれから色々話しましょう。みんな、ソファにかけて」
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