第66話 慎の傷

《オリジンによるイベントボス討伐を確認しました》

《新たな権限が解放されます。この権限解放は、全ての冒険者に適用され、通知されます……》


 妙な声がまた聞こえたが、俺はそれどころではなかった。

 俺は《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》が倒れたのを確認してすぐ、慎の元へと走った。

 美佳が倒れ込んでいる慎の横にいて、慎に何かを飲ませているようだった。


「……美佳! 慎の怪我は……」


「創……倒したのね。慎は……大丈夫。ほら、見ての通りよ」


 そう言って、慎の傷口を示した。

 そこは防具が大きく切り裂かれてて、血だらけの様子で、とてもではないが軽傷とは言えない傷のように思えたが、不思議なことにその傷は物凄い勢いで治癒し始めている。


「これは……どういうことだ?」


 もちろん、治っているらしいことは喜ばしい話だ。

 慎の真っ青だった顔色も、徐々に赤みを差していっている。

 つまり、体調も上向いているようだということが分かるが……しかし理由が分からない。

 ボスを倒したから全回復、なんて理由ではないと思う。

 深層のボスであればそういうこともあるらしいのだが、ここは迷宮でもまだ第一層に過ぎない。

 そんなことが起こったとは聞いたことがなかった。

 だからこその疑問に、美佳が手に持った瓶を示して、


「これのお陰よ」


 そう言った。


「それは……もしかして?」


 ピンとくるものはあった。

 低級のものならば、俺も学校で見たことあるし、使ったこともある。

 その時は、小さな切り傷を五分くらいかけて治す、というようなレベルのものだったが……。


「ええ、いわゆる回復ポーションね。それも上級の。腕が落とされても生えてくるらしいわよ」


「お前……そんなものどこで」


 上級回復ポーションと言えば、物凄い金額がすることで有名だ。

 なぜと言って、美佳が言うような効果があることが実際に確かめられているからである。

 冒険者が必要とするものであるのは当然だが、それに加えて一般人だって欲しがっている。

 どれほどの傷を負っても、生きてさえいれば完全な状態で治してくれるのだから、当然の話だ。

 だがその価格は……一千万を優に超えると……。


「安心して。変なルートとかじゃないから。私の内定先……《炎天房》から支給されたものよ。いざって言う時の為に持っておけってね。さすが、大きなギルドは違うわ」


「なるほどな……でも良かったのか? それを使ってしまって」


「特に買い取れとか、そういうことは言われてないもの。使わなきゃ、慎は死んでしまっていたかもしれないし、後悔はないわ」


「ならいいんだが……」


 心配したのは、《炎天房》から文句を言われる可能性だ。

 俺や慎ではなく、美佳が厳しい立場に置かれたりしないものかと。

 何せ、一千万以上の価格のする薬である。

 勝手に使ってしまって大丈夫なのかと心配だった。

 

「まぁ、それより……」


 と美佳が話を変えようとしたところで、


「うっ……ここは……いや、そうだ、戦い! どうなった!?」


 と、慎が起き上がって叫ぶ。

 キョロキョロと周りを見て、俺と美佳の顔を確認すると、ほっとしたような表情で、


「……もしかして、もう終わった?」


 と気が抜けたような声で尋ねてきた。

 俺と美佳が顔を見合わせて笑って、


「あぁ、終わったよ。お前のお陰でな」


「さっきまであんた死にかけだったのよ? でも、その様子ならもう大丈夫そうね……おかしなところとかない?」


「……そうか。良かったぁ……でも死にかけ? 俺は……あぁ、そういや、ぶった斬られたんだったか。にしては痛くないが……あれっ、傷が……」


 自分の腹部を確認してそんなことを言う慎。

 今や、上級回復ポーションのお陰で、慎の腹は適度に割れた健康的な肌を晒していた。

 それでも血だらけではあるのだが。

 さすがにポーションでも掃除まではしてくれない。

 ウイルスとかそういうの大丈夫なのか、とか現実的な疑問が思い浮かばないでもないが、ポーションで治った傷口からウイルスが入ってきて……みたいな話はないらしい。

 理由は難しい理屈があるのだが、流石に俺には理解できない話だった。


「傷はポーション使って治したのよ。ほとんど内臓が見えてて、血も止まらなかったんだけどね」


「うげっ、マジかよ……でもポーションってそんなによく効くもんか?」


「上級だからね」


「えっ、お前そんなもの使って大丈夫なのかよ!?」


「その話はさっき創としたからもういいの」


「……そうか。ともあれ、本当助かったぜ……で、あの魔物の方は、創が?」


「あぁ、慎が使ってた技をパクってな。あれ、威力凄いな……負担もやばいが」


「あっ、そうだよ! お前、なんでスキルを使って」


「それについても私も気になっているわ。創、流石にもう教えてくれるわよね?」


 二人にそう尋ねられ、流石にもう隠すつもりもなかったというか、隠しようがないと観念していた俺は、


「もちろん。でも結構やばい話だから、本当にここだけの話にしてくれよ」


 そう前置きをして、話し始めた。

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