第65話 決着

「……ウルガァァァ!!!」


 《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》の叫び声が、部屋の中に響く。


「おい、お前に傷つけられて逆上したっぽいぜ」


 慎が引き攣った笑いを浮かべながらそう言った。


「困ったもんだよな……もしかして、さっきまでは遊んでた?」


 俺もまた、慎と似たような笑みを浮かべてそう返す。


「気をつけて! 魔力が跳ね上がった!」


 後ろから、美佳がそう叫ぶ。

 慎と美佳では、適性の関係で、美佳の方が魔力の気配に聡い。

 だからこそ、俺たちが気づいていないかもと思っての注意だろう。

 ただ勿論、俺にははっきりと見えていた。

 さっきまでは《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》の体を薄く覆っていたくらいの邪悪なオーラだったが、今ではもはや《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》それ自体が、噴き出すような強大な魔力の塊と化しているということが。

 虎と同じで、傷ついてから本番ってわけだ。 

 そんな共通点はいらないんだよな……だが、やるしかない。


「慎!」


「あぁ!」


 完全に構える前に向かった方がいいだろうと、俺たちは再度、《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》へと距離を詰める。

 そして同時に剣を振り下ろしたが……。


「……なっ!?」


 俺の剣も、慎の剣も、《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》のオーラによって、弾かれた。

 鎧に、ではない。

 魔力そのものに……こんなことが出来るのか。

 先ほど俺が吹き飛ばされて、思いの外、平気だったのも、それが理由か……?


「まずい、慎!」


 俺たちの攻撃を弾き、直後にやりと魔物に似つかわしくない笑みを浮かべた《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》に俺は危険を感じる。

 腕が動き出し、その視線は俺ではなく、慎を狙っていた。

 《最下級身体強化《擬》》でもって強化されたステータス、素早さを表す敏捷は、どうやら俺の方が上のようで、慎よりも早くそれに気づいた。

 だから、俺は慎の前に剣を出す。

 するとそこ目がけて、《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》の剣が振られた。

 俺が剣をそれで取り落とすも、慎に攻撃が命中はせずに済む。

 慎はそして、


「……うぉぉぉぉ!!!」


 と気合いを込めたような叫び声を上げて、剣を振り上げた。

 それは先ほどまでの攻撃とは違っているようだった。

 魔力の動きを感じる。

 いわゆる《下級剣術》の動きにも見えたが……少し異なっているようにも思えた。

 剣自体にも魔力が注がれ、さらに腕と足にもそれぞれ独立した魔力の流れが見える……。

 そして、そんな慎の一撃が、《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》に叩き込まれた。

 先ほどは弾かれてしまった攻撃だったが、今回は違っていた。

 狙いどころは外れたようだが、《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》、その肩に命中する。

 

「グァッ……オォォォォ!!!」


 しかし、一瞬だけ怯み、すぐに《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》は慎に向かってその剣を振るった。

 今度は俺にも守ることができず、その攻撃は慎に命中してしまう。

 幸い、胸ではなく、腹部だが……防具を貫通して切られたのか、血が噴き出すのが見えた。


「慎……くそっ!」


 さらに《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》は、俺に狙いをつけ、さらにもう一度剣を振り上げたが、そこに、


「……はぁぁぁあ!!」


 という声と共に、強力な炎熱が通り抜けていく。

 美佳の《上級炎術》、その中でも《豪炎槍》と呼ばれるものだった。

 これは《豪走火》よりも威力が高いが、一点集中型の術のために、命中させるのがそう簡単ではない。

 だが、今、俺と慎に集中していた《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》はいい的だったようだ。

 《豪炎槍》の青い炎の槍がゴブリンの腹部に命中し、その場から吹き飛ばす。

 ただ、これで倒せたとは思えない。

 どうにか追撃しなければ……しかし、俺の剣では、攻撃が通らない……。

 それに慎が……。

 色々な考えが一瞬で頭の中を通り過ぎていくが、そこに美佳から、


「慎は致命傷じゃない! だからやって!」


 と聞こえてきた。

 術を放ってすぐ、慎の状態を確認したのだろう。

 もちろん、細かくはひと目見ただけで分かるようなことでもないだろうが、現代には外傷であればかなりの傷でも治せる存在がいる。

 だから、大丈夫だと信じて、俺は《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》に集中する覚悟を決める。

 落とした剣をすぐに拾う。

 やるなら頭を潰すしかないだろう。

 そして、俺単体では難しい。

 けれど、先ほどの慎を思い出す。

 あの攻撃が、慎の切り札というやつなのだろう、と。

 俺の目から見て、あれの仕組みは、複数のスキルの同時起動に見えた。

 それは高度な技術で、高位冒険者のみが修練の末に可能とするものだと……。

 しかし慎はおそらく、持ち前の才能でもって可能としたのだ。

 本当に、俺とはセンスが違う。

 ただ、俺にはセンスはなくとも、俺だけが持っている力が、ある。

 あの慎のやっていたこと、俺も再現できれば……ぶっつけ本番でやるのは、馬鹿げているとは分かっている。

 けれど、やらなければ死ぬだけだ。

 だから、やる。

 それだけの話だった。


 俺は、《最下級身体強化《擬》》を身体にかけた上で、慎が使っていた《腕力強化》《脚力強化》《耐久力強化》を模倣する。

 できるかどうかはわからなかったが、自らの身に感じる負担でもって、それが起動したことが理解できた。

 さらに、先ほどの慎の技は《下級剣術》のそれと《最下級槍術》のそれを同時に発動させたものだった、と思う。

 つまり、慎は五つのスキルを同時に起動させていたのだ。

 それでなんとか、ダメージが通った。

 だったら俺は……六つだ。

 《最下級身体強化《擬》》も合わせるなら、そういうことになる。

 素の身体能力ではどうやっても慎に敵わないが、腕力なら《最下級身体強化《擬》》を使っている状態ならなんとか優っていた。

 だから、これで行けるはずだ……。


「……これで、終われぇぇぇ!!!!」


 剣を慎が行っていたように振るう。

 その際に、魔力を確かに同じように動かすことも忘れない。

 スキルはそれを怠れば発動しない。

 細心の注意を払って……血管や神経が千切れそうな負担を感じつつも、俺はそうした。

 そして……。


「ガッ……!?」


 起き上がり、俺に反応しようとしていた《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》の脳天に、俺の剣が突き刺さる。

 それは、《下級剣術》の《剣穿けんせん》と、《最下級槍術》の《槍牙そうが》の合わせ技だった。

 そして、さすがの《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》も脳天を貫かれれば、生きてはいられないようで、そのままゆっくりと傾いでいき……倒れたのだった。

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