第63話 すべきこと

 まず、混乱した。

 今の声は一体なんだ?

 その内容は?

 どうしてそんな声が聞こえたんだ。

 特殊クエスト?イベントボス?ゴブリン暗黒騎士ダークナイト

 ……脱出不可?

 いずれも信じられないようなことばかりだった。

 ただ、一番耳に残ったのは、《オリジンの入場を確認します》という言葉だ。

 つまりこれは……。


 外と中の狭間を通り抜け、建物の中に入った俺。

 その先にはこちらを向いて俺を待っている慎と美佳の姿が見えた。

 いずれも無防備だ。

 当然だ。

 彼らは背後にいるのは、相当に近づかなければ動きもしないアイスゴブリンチーフとソルジャーだと思っているからだ。

 けれど、俺の視線に映った光景は違った。

 確かに、一瞬そこには五匹の魔物がいたのは見えた。

 しかしそれらはサラサラと空気に吸い込まれるように消滅し、代わりに漆黒の穴のような場所から、のそり、と強力な気配を纏った魔物が一匹、這い出してきた。

 邪悪なオーラを纏った鎧を身につけ、手には強い魔力の脈動を感じさせる黒い剣を持っている。

 あれこそが、《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》で間違いない。

 《ゴブリン聖騎士パラディン》であれば、その存在を聞いたことはあった。

 大規模迷宮でも中層域に出現することが多く、強力な技と治癒魔術を身につけた、ゴブリンの中でも手練れの魔物である。

 B級冒険者でやっと倒せるかどうか。

 そんな存在だという。

 しかし《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》は聞いたことがなかった。

 出来ることなら、《ゴブリン聖騎士パラディン》よりも弱くあって欲しかった。

 けれど感じられる強烈な気配は、そんな願望を否定していた。

 あれは、強い魔物だ。

 それこそ《豚鬼将軍》に匹敵する存在感だった。

 あんなもの……普通の冒険者見習いが勝てるはずが、ない。

 それは高位のスキルを持った美佳や、万能型の慎であっても同じことだ。

 彼らはあくまでも、やはりまだ見習いに過ぎない。

 普通にやれば、絶対にやられてしまう。 

 どうしてこんなことになった?

 なぜこんなことに……いや分かっている。

 俺のせいだ・・・・・

 俺がオリジンであるから、この事態が生じたのだ。

 先ほどの声はそう言っていた。

 つまり、俺が一緒でなければこんなことにはならなかったのだ。

 後悔したくなった。

 いや、もう既にしていた……だが、今すべきことはそれではない。

 まず俺がすべきは……。

 一瞬でそこまで考えて、俺は、叫んだ。


「慎! 美佳! 構えろ!」


 一般的な冒険者見習いなら、それだけ言われても反応は出来なかっただろう。

 だが、二人とも、俺との付き合いが相当長い二人だ。

 俺の必死な声に、何もないと思うほど察しが悪くない。

 加えて、二人は俺と違ってもともと高校でも優秀で知られた生徒だ。

 緊急事態に対する反応は鋭い。

 背後に強力な気配が発生したことも、実際に目視している俺よりは遅れても、気付いたのだと思う。

 すぐに振り返り、構えた。

 しかし、それでもなお、遅かった。

 《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》は既に地面を踏み切り、こちらに高速で向かっていた。

 そしてその剣を振り上げ……より近くにいた美佳に振り下ろす。


「……っ!?」


 美佳の息を呑む音が、聞こえた。

 けれど。


「……なん、とか……セーフだっ!」


 ……ガキィン!


 という音と共に、俺の剣が《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》のそれを弾き飛ばした。

 どうにか……俺は間に合ったらしい、と一瞬ホッとする。

 《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》の方は、不意打ちに失敗したことを理解したのか、俺たちから一旦距離を取った。

 高い思考力があることが、それでわかる。

 迷宮でも低層の魔物はさしてものを考えず、本能で向かってくるような部分が強いが、こいつにはそれを期待できないらしかった。


「……おい、創! どういうことだ!?」


 慎が《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》に対する警戒を解かずに訪ねる。

 美佳は俺たちの背後へ回った。

 彼女は術士系のため、接近戦より後ろで砲台として機能すべきだからだ。

 ここに来るまでと同じフォーメーション。

 

「後で話すことはたくさんある……でも、今はあいつを倒さないと」


「……それもそうだな……それより、お前、戦えるのか? いや……それは、スキル……?」


 先ほどなんとか美佳を救うのに間に合ったのは、俺が《最下級身体強化》を使ったからだ。

 その気配が、慎には感じられるのだろう。

 そのことについても、説明しなければならないが……。


「これについても、後だ。だけど、慎と同じくらいには、動けると思う。なんとか……生き残ろう! 美佳も炎術頼んだ!」


「……へっ。分かったよ! まずはあいつを倒してから、だな!」


「私も分かった! それにしても、創……やっぱり、戦えるんだね! 良かった」


 こんな事態に至っても、なお、二人はいい奴だった。

 本当に、俺には過ぎた幼馴染だと思う。

 後で謝り倒さないとならないが……それもこれも、生き残らないと話にならないな。

 俺は改めて、


「よろしく頼む!」


 そう言ってから、《ゴブリン暗黒騎士ダークナイト》の隙を探ったのだった。

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