第59話 美佳の力

 魔物が現れた、と言っても一見すればどこにいるか分からないだろう。

 氷雪に包まれた木々がまばらに生える、比較的、見通しのいい景色の周囲のどこを見ても、俺たち以外に生き物の姿はないように思えるからだ。

 けれど、実際には異なることを俺たちは三人揃って理解していた。

 俺たちが立ち止まり、武器を抜いて構えてしばらくすると、そいつらは現れる。

 

 ーーボコリ。


 と、雪原が不自然に盛り上がり、そこからおおむね120センチ程度の身長の、青白い肌をした小人が五体、出現したのだ。


「……アイスゴブリン!」


 慎がそう言った。

 アイスゴブリンはいわゆる緑色の肌をしたゴブリンの亜種であり、強さとしては通常のものより少し強い、くらいだ。

 しかし彼らの特徴はそれだけでなく、いわゆる氷系の攻撃に対する高い耐性にある。

 こういった、氷原系の迷宮に生息しており、また地上の魔境でも気温の低い地域に発生しやすいことで知られていて、倒すためには反対属性である炎系のスキルを持っていれば有利に立ち回れるとされる。

 つまりは……。


「私の出番ね! 慎、少し抑えてて! 創も一体くらい相手できそうならよろしく!」


 美佳がそう言った。

 彼女が持つスキルは炎術系統が最も強力である。

 他の術スキルも持ってはいるものの、上級まで至っているのは炎術で、彼女が大手ギルドに内定を決めた理由もそれだ。

 そんな彼女が術を叩き込めば、アイスゴブリン程度、ものともしないだろう。

 ただ、五匹に打ち込むには少し時間が必要、という判断で俺と慎に抑えを頼んだわけだ。

 俺たちは頷き、アイスゴブリンの元へと向かう。 

 まず、慎が手に持った剣を大きく振るい、アイスゴブリンに威嚇する。

 それによってアイスゴブリンたちは後ろに下がり、五匹の群れのうち、一匹が孤立するような位置関係になった。

 慎は一瞬、俺の方に視線を向ける。


 (一匹は任せたぜ)


 そう言っていることが、長年の付き合いですぐに分かった。

 つまり慎は一人で四体相手取るつもりなわけだが、彼の実力なら問題ないだろう。

 俺は軽く頷き、一匹のアイスゴブリンと向かい合った。

 やはり、感じられる圧力は通常のゴブリンよりも一段階上のところにある。

 それでも怖気付くことなく向かい合えているのは、雹菜に課せられたスパルタ式の特訓のおかげだろう。

 あれのおかげで魔物に対する恐怖感はだいぶなくなっている。

 それに、地力も上がっているお陰で、動きもさほど素早くは感じられなかった。

 俺は剣を強く握り、ゴブリンに向かって走り出す。


「うぉぉぉぉぉ!!」


 叫びながら向かうのは、そうすることによって力を上げるシャウト効果を期待してのことだが、ゴブリンのような人型の魔物は、精神も人間に近いのか、気合負けしたりすることもあるという。

 だから、威嚇としての意味もあった。

 残念ながら今回のアイスゴブリンは勇気に満ち溢れているか、俺程度の威圧では何も感じないようで、普通に棍棒を持って俺に立ち向かってきたけれど。

 俺の剣がアイスゴブリンの脳天を狙って振り下ろされる。

 しかし、アイスゴブリンも上に向かって棍棒を上げており、どうやら俺の剣を弾くつもりのようだった。

 普通に考えて、木製の棍棒で金属製の剣を弾けるはずもないのだが、迷宮の魔物の持つ武具というのは木製の棍棒程度であっても舐められたものではない。

 迷宮性の素材を使っているからか、それとも魔力が注ぎ込まれて強化されているからか、その両方かは断定できないが、金属製の剣であっても弾くくらいの強度を持っていることはよくある。

 実際、俺の剣が棍棒に命中すると、結構な抵抗を感じたのは確かだった。

 だが、俺の持っている剣もまた、普通の剣ではない。

 《豚鬼将軍)の持っていた剣……《豚鬼将軍の黒剣》なのだ。

 だから……。


「ゲギャッ……!?」


 アイスゴブリンの棍棒を中程まで剣が進み、もう少しで断ち切れる、という段になって気づいたらしい.

 慌ててアイスゴブリンが棍棒から手を離し、下がった.


「……そう簡単に倒せる、ってわけにもいかないか!」


 下がったアイスゴブリンを警戒しつつ、俺は黒剣にくっついてきている棍棒を、剣を振って遠くに弾き飛ばし、さらにアイスゴブリンとの距離を詰める。

 武具を持たないアイスゴブリンに、俺の剣を防御する術はなく、体を大きく捻ったり、素早く動いて一撃、二撃は避けた。

 だが……。


「オラァァ!!」


 三撃目で肩に命中し、それによって速度が落ちる。

 出来た隙を見逃さず、俺は剣を素早く引いてから、ガラ空きの胸部に向かって黒剣を差し込んだ。


 ーーぐさり。


 と、真っ直ぐに突き込まれた剣。

 その瞬間、アイスゴブリンの瞳の奥にあった意思の光は消え、そのままぐらりと倒れていったのだった。

 さらに、背後で強力な魔力の集積と、直後に氷原には似つかわしくない熱波を感じた。

 振り返ってみると、四匹いたはずのアイスゴブリンが全て、消し炭になっていた。


「……もっと威力調節しろよ」


 慎が呆れたようにそう言っていて、美佳は、


「《魔力強化》使って《下級炎術》使ったの初めてだったのよ。次は《魔力強化》はいらなそうね」


 そんなことをと言っていたのだった。

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