第58話 迷宮の果て
迷宮、ダンジョン……その名称からすると、一般的な人間が思い浮かべるのは、延々と続く洞窟とか、石造りの迷路とか、そういうものになるだろう。
しかしながら、三十年前に出現した《迷宮》はそういったものではなかった。
むしろ、そこは……。
「……わぁ、まるでもう一つの世界みたい!」
美佳が、魔物蔓延る迷宮の中で上げるにしてはあまりにも明るい声でそう言った。
ただ、そう言いたくなるのもよく理解できる。
俺と慎は美佳のはしゃぎぶりに顔を見合わせて笑い、それから周囲の景色を見た。
広がっているのは、美しい光景だ
地上ではなかなか見られない……特に今の季節だと厳しいそれ。
氷雪に包まれた森林がどこまでも尽きることなく広がっている。
しかし、背後を見ると、そこには妙な空間の歪みがある。
まるで、中空に開けられた穴のようなもの。
そこから、俺たちは先ほど這い出してきたばかりだ。
つまり、それが迷宮の入り口であった。
あの向こうには、少しだけ洞窟の廊下のようなものが続いているが、その先はそのまま、氷室区の街へと出ることが出来る。
一体どんな仕組みでこうなっているのかは俺たちのような学生には理解しかねるところだが、その辺りは大学とか研究機関がしっかりと研究していて、ある程度は解明され、実際の生活に活用されている。
空間を歪め、別の場所への《転移》を可能としている、ということらしい。
より厳密に言うなら量子テレポーテーションがどうたらと細かな理屈があるらしいのだが、ちょっと俺にはよく分からない。
まぁ、世の中が豊かになってるならそれでいいかなくらいの感覚である。
実際には、人類は緩やかに衰退しつつあるのだが、迷宮関係の素材や技術で持って、その速度は徐々に低下して来てはいるので、悪くはないだろう。
いずれ上向けばいいとは思うが……魔境の広がりなどもある。
一進一退、くらいの未来が今のところは関の山かもしれないなとも思う。
「美佳、油断するなよ? ここは既に迷宮の中なんだ……魔物も普通に現れるはずだからな」
慎がそう言って注意を促す。
美佳もまるでわかっていなかった訳ではもちろんなく、頷いて答えた。
「流石にそこまでおめでたい頭はしてないわよ。このあたりは見通しもいいし、魔力の気配も感じないから景色をちょっと楽しんでるだけ……すごく綺麗じゃない。創もそう思うでしょ?」
「あぁ、ちょっと《迷宮》の中だって信じられないくらいにな。でも、これってどこまでも続いてるわけじゃないんだよな?」
「そうらしいわね……たくさんの迷宮を端っこまで歩いた……なんて言ったっけ、あのひと」
「シーラ・アスベルだろ。世界でも有名なS級冒険者の名前くらい、覚えておけよ」
慎が呆れたようにそう言った。
「そうそう、仕方ないじゃない。S級って言っても、日本だけならともかく、世界にはそれなりにいるんだから。それに、あんたが覚えてるのはシーラが美人だからでしょ?」
「……それは、まぁ……」
日本では数えるほどしかいないS級冒険者だが、世界中を眺めれば当然、それなりの数はいる。
ただそれでも全部で百人はいないはずだ。
全てのS級が公開されているわけではなく、非公開のS級もいるので、正確な数ははっきりとはしていないのだが。
シーラ・アスベルはその中でも比較的有名で、その理由の一つは美佳の言うように、若く美しい容姿をした冒険者であるため、男性人気がだいぶ高いこと、そしてそれに加えて、妙な趣味があることでも知られていた。
それが、迷宮を散歩するのが好きという趣味だ。
迷宮は様々な存在形式があるが、こういった別世界が広がっているようなタイプの場合、どこまで世界が続いているのか、誰でも気になるところである。
それを世界で初めて明らかにしたのが、シーラなのだった。
その方法は至って単純で、端っこにたどり着くまでひたすらに歩くというものだった。
もしかしたら走ったかもしれないが、やってることは同じだな。
そしてその結果、迷宮内部の世界には、《果て》というものが存在していることが分かった。
全ての迷宮でそうなっているかどうかまでは流石にわからないが、シーラはおよそ百を超える迷宮を調査し、そのほとんどに《果て》があることを確認している。
全てではないにしろ、多くの迷宮がそうであるのだろう、という推測が彼女のお陰で成り立ったのだった。
他の迷宮については《果て》がない、というよりまだ辿り着けてない、というような話をしていたから、彼女の中では全てがそうである、という確信もあるのかもしれない。
そんなわけで、この迷宮もどこまでも進んでいけば、いずれ《果て》にたどり着くのだろう。
「……おっと、二人とも。おしゃべりはそのくらいにしておいた方がいいっぽい気がするぞ」
くだらない話をしつつ、迷宮を進んでいると、俺はふと気配に気づく。
気配、というかもうこの目には魔力の形がはっきり見えているが。
慎と美佳には見えないものだが、見えないにしろ、これだけ近ければ魔力の気配くらいはなんとなく分かると期待してのものだった。
実際、俺が声をかける前に二人は既に武器を抜いて臨戦体制に入っていた。
「ええ、そうみたいね。創は下がってていいわよ」
「……悪いな」
「いいのよ。前衛は慎だからね」
「よっしゃ、やるか!」
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