第39話 雹菜の家族

「……まぁ、とりあえずだ」


 守岡がそう言ったので、俺は、


「は、はい、ええと、なんでしょう」


 と尋ねる。

 守岡は少し苦笑して、


「肩に力入れなくて良いぞ。気楽にしていい」


「いや、でも何だか……気まずくて」


「正直な奴だな……ま、初対面ならそんなもんか。じゃあ、そうだな。昔の俺の話をしてやろう!」


「え?」


 いや、別に興味ない……と、一瞬思ったが、周囲を見る。

 サイケデリックな民族的な家具や布ばかりの胡散臭い空間。

 無精髭の目立つ、しかし決して現役を退いたわけではなさそうな精悍な顔立ちの大人の男。

 職業は治癒術師……まぁ、冒険者か。

 で、B級冒険者である雹菜が友人、と言うおっさん……。

 うーん、気にならないこともない、か。

 むしろ気になる。

 そんなことを俺が考えているのを察したのか、守岡は頷いて言った。


「よし、じゃあどっから話したもんかな……やっぱり、雹菜のこと」


「ええと」


「あいつのことどこまで知ってる?」


「あの年にして高位冒険者で、見た目も相俟って若者の間では結構な有名人、っていうくらいですかね……」


 考えてみれば俺が彼女について知ってる情報はそれくらいだな。

 あとは、姉の雪乃がちょっと危険な匂いのあるお姉さんというくらいか。

 

「それだけか。家族のことは?」


「お姉さんには会ったことがありますよ」


「雪乃に? 何もされなかったか?」


「ええ、就活中の冒険者見習いにはさほど興味なさそうで」


「へぇ、お前まだギルドには……」


「入ってません」


「なるほどな。雹菜がうまくやったか」


「それはどういう……?」


「お前の体を色々と診させてもらったが、かなりおかしいぞ。いや、異常はないんだが……見習いにしては魔力に充実しすぎてる。普通、見習いってのはあんまり魔力が扱えてない者だから、もっと固いんだが、お前はそうじゃない。ベテランクラスだ。それだけでも雪乃の興味が向きそうだが……まぁ、体内魔力は触れないと詳しいことがわからねぇからな。気づかなかったんだろうな」


「確かに雹菜があんまりお姉さんに関わらないようにと配慮してくれてますね」


「それだけ大事なのか……こりゃ、本当に珍しいな」


「そうなんですか?」


「あぁ、あいつは昔から、俺みたいなのと一緒に……あぁ、俺だけじゃないぞ。いわゆる、ベテランって呼ばれるような冒険者と行動することが多かったからな。あんまり、歳の近い友人が出来なかったんだよ。今も普通に高校に通ってはいるが、冒険者稼業の方を優先して、学校に顔を出せる日も多くないみたいだからな」


「冒険者系の高校なら、そういう融通は利きますね」


 俺の学校にも、名前だけ在籍してるみたいな奴は一人二人いる。

 そういうのはすでに冒険者として活動してる奴らだな。

 そもそも、それなら高校に来る必要がないだろう、となりそうなものだが、一応高卒は取っておいて、いずれ何か冒険者系やら迷宮やら魔力やらについて研究したくなったら、それから大学に、という人もそこそこいるから、高校に行くのは割と今の時代必須だった。

 高認を取っても良いだろうが、それよりも冒険者系の高校に行って、冒険者としての実績を単位として認定してもらった方が楽だし確実だからな。

 雹菜もそんな感じなのだろう。


「俺の時代はそんなもんなかったからなぁ……ま、芸能人はそういう融通の利くところに行ってるってのはよくあったが」


「今もそれは変わらないですね」


 ただ、学生で冒険者をやってる人の方が、今の時代は目立つことも少なくない。

 それだけの話だな。


「っと、話がずれたが、雹菜はそういう境遇だからな。両親もすでに他界してるし……他人との関わり方が、少しばかり不器用なところがある」


「えっ」


 それは聞いていなかったな。

 聞いてよかったんだろうか。


「なんだ、知らなかったのか? 割と有名な話だと思ってたんだが。それこそ、テレビとかに出てる時はそんな話を聞かれてることが多いからな」


 どうやら、公開されている情報だったようだ。

 まぁ、有名人であるし、そういうのはすぐに伝わってしまうということなのかな。

 そんな俺の疑問を理解してか、守岡は続けた。


「別に、根掘り葉掘り雹菜のことが知りたいから、マスコミが無理やり聞き出した、とかじゃないぞ。そうじゃなくて、あいつの両親の死因が、魔境に関わることでな。インタビューとか受けると、その話をせざるを得ないんだよ。もちろん、言わないことも出来るだろうが、雹菜自身が自分を奮い立たせようとしてか、割と普通に話すからな」

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