第38話 治癒術師
「……ん? 雹菜か。それにそっちのガキは……?」
《新宿駅ダンジョン》を出て、少し歩いて入った路地裏。
そこにある薄汚れたビルの四階に慣れた様子で進んでいく雹菜について行った先でのことだ。
そこには《心霊治療・守岡》という怪しげな店があって、どうかここにだけは入りたくない、と思ったのだが、雹菜がその店の扉を叩いた。
すると、出てきたのは五十半ばほどと思しき、細身の男性で、白髪混じりで煙草を咥えたその姿は胡散臭いことこの上なかった。
けれど雹菜は、
「守岡さん! ちょっとこっちの彼を診て欲しくてきたんですけど、今、大丈夫でしょうか?」
と物怖じせずに話しかける。
知り合いなのだろうということはもう察しがついているものの、本当に大丈夫なのだろうかと思ってしまう。
そんな俺の心配など他所に、二人の会話は進む。
「あぁ、見ての通り、閑古鳥が鳴いてるからな……とりあえず入れよ、二人とも」
その勧めに従い、俺たちは店の中に入った。
店の扉もかなり怪しい感じだったが、中も相当なものだ。
アジアンテイストというのだろうか。
サイケデリックな色合いの、民族的な家具やら置物やらがどの方向を向いても存在している。
一体何の店だかまるで分からないが……。
「さて、ようこそ、《心霊治療・守岡》へ。で、診てほしいってのが、お前……」
「……天沢創です」
名乗ると、
「創か。俺は守岡誠司という。雹菜から聞いてるかも知れねぇが、これで治癒術師だ」
「やっぱりそうですよね……でも、心霊治療って……」
「これは昔の名残だな。俺はこれで迷宮やらスキルやらが現れての初期から、冒険者をやってる古参なんだが、最初の方は治癒術系のスキルを持ってるやつは医療界から《心霊治療》扱いされて疎まれてな。今じゃ、そんなことはないが、そこまでいうならその通りの名前で活動してやろうじゃねぇかって、この店を開いた」
今では完全に社会的に認められている冒険者という職業だが、当初は当然、認められているはずがなかった。
その中では様々な視線が、迷宮に潜る者やスキル持ちに向けられ、法律によってがんじがらめにしようとされたこともあったというのは、授業で学んだ。
彼の言っているのは、そういう中の一つだろう。
とはいえ、そこまでその辺は細かくやらないのでそんな事情があったことは知らなかったが。
教科書の端っことかには書いてあったかもしれないが、その辺はあんまり熱心じゃなかったからな……。
冒険者を取り巻く環境は日々刻一刻と変わっていっているので、昔のことを覚えるよりも、今の状況はどうなのか、情報を得る方が重要だから。
「じゃあ、本当のところは……」
「治癒術院ってことになるな。まぁ、治癒術師は貴重だし、そんなもの開いてるやつは今となっちゃ少数派……病院にいるやつの方が多い……って、それはいい。それより、お前のことだ」
「あ、はい……どうにも、体調が良くなくて」
「それで来たのか? 普通の病院じゃまずいのか」
「迷宮でしばらく戦闘を繰り返した後のことなので……」
「あぁ、そういうことなら、普通の医者よりは治癒術師のが適当だな。どれ、こっちに来て仰向けになれ。診てやる」
そう言って、どうやら初めから部屋にあったらしい、サイケデリックな色合いの寝台を勧められた。
俺はそこに仰向けになる。
「……魔力は……そうだな。少し流れが滞ってる感じはあるが、問題はなさそうだ。他には……あぁ、怠いとかそういう感じか?」
「そうですね。なんだかすごく倦怠感が」
「なるほど……となると……」
そんな問答を何度か繰り返すと、最後に守岡は頷いて、
「よし、もういいぞ」
と言った。
俺は起き上がる。
雹菜が守岡に尋ねた。
「……どこかに異常とか、ないですか?」
その顔は深刻そうなものだったが、守岡は少し噴き出すように笑って、
「へっ。雹菜がそんだけ他人の心配するの、珍しいな。彼氏か?」
「い、いえ、そんな……」
「まぁ、いいさ……ギルドの治癒部に行かないでここにわざわざ来る時点で、細かい事情は聞かねぇ方がいいんだろう」
「そうしてもらえるとありがたいです……というか、お姉ちゃんには知られたくなくて」
「火遊びをか?」
「ちち違いますっ!」
「はっはっは」
だいぶ気軽なようで、関係がよく分からない。
雹菜は友達だと言っていたが、一体……年齢差すごいしな……。
「冗談はここまでにしておくか。創の体だが……」
と、言いかけたところで、ピリリリ、と雹菜の電話が鳴る。
スマホを取り出して、彼女はため息を吐き、
「……ちょっと、五分だけ待ってて。外で話してくる」
そう言って店を出て行った。
俺は守岡と二人、部屋に残される。
……おい、知らないおっさんと二人きりは気まずいぞ。
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