第37話 問題
「……これってやっぱり、おかしいんだよな?」
俺がゴブリンの魔力を吸い取りながら、そう尋ねると、雹菜は難しそうな表情で頷きつつ答える。
「極め付けにおかしいわ。スキルを通さずに、スキルを使うことも勿論だけど……それと同じくらいに、こっちもおかしい。普通の冒険者は何回かに一度しか魔物のエネルギーを得られないのに、創は毎回得られることになると……それだけで数倍の成長が望めることになる」
「って言っても、みんなが吸える量よりも俺が吸ってる量は少ないんだろ? 全部合計すれば、結局同じ程度かもしれないし……」
別に自分の可能性を低く見積もりたいわけじゃないが、期待し過ぎて後でガッカリするのもいやだな、という感情が口にさせた言葉だった。
けれど、雹菜は言うのだ。
「見た感じ、確かに一体一体から得られているエネルギーの量は少なかったわ。けれど、普通の半分程度。つまり、二体に一度、エネルギーを得られるのと同じことになる。普通の冒険者なら四、五体に一度くらいが平均と考えると……やっぱり二倍は成長率に差が出てくる計算になるわよ」
「マジか……マジか……!」
つい二回も同じ言葉を呟いてしまうくらいには、嬉しい事実だった。
今まで何の成長も望めそうもなかったのに、ここに来て急にこんなボーナスタイムがやってくるなんて。
ラッキーにも程がある……と思ったのだが、
「……あれ?」
ゴブリンの魔力を吸収しきり、自分の魔力に完全に同化させた瞬間、俺はふらつく。
「あっ、と」
雹菜がその持ち前の優れた反射神経で俺の懐に入り、俺を支えてくれた。
「……悪い、今、自分で立つ……」
そう言っては見たのだが、どうにも、体に力が入らない。
今にも死んでしまいそう、みたいなヤバい感じというよりは、全速力で走った後の、少しばかり気持ちのいい倦怠感が強くなった感じというか。
要は、ものすごく疲れた……。
そんな俺に雹菜は、
「無理しなくても大丈夫。それより、おかしなところはない? 感覚がないとか、そういうのは」
と尋ねてくる。
彼女も、この現象が、俺が今までやったことのない様々なことをやったために、そこからくる代償のようなものではないか、と即座に推測したらしい。
俺もそんなものだろうと思っていたので、異常がないかはすぐに確認していた。
「……いや、すごく疲れてるだけ、だと思う。何となくだけど……」
もちろん、絶対なんてことはないだろう。
スキルなしでスキルを使うことも、魔物のエネルギーを自分で動かして取得することも、何か大きな代償がある可能性は否定できない。
ただ、これは悪い疲労ではないと、感覚的に分かるだけなのだ。
雹菜の方は、そういう感覚がわかる訳ではないので、心配は抜けないらしく、
「……信じないわけではないけれど、ちょっと診てもらったほうがいいかもしれないわね」
と言ってくる。
「診てもらうって、医者にか?」
「……まぁ、似たようなものね。ギルドの方で、と言いたいところなんだけど、そっちで診てもらうとお姉ちゃんが嗅ぎつけてくる可能性が高いから……私の知り合いのところでいいかしら?」
「知り合い?」
「ええ。医者じゃないけれど、治癒術師の友人がいるの。その人なら、お姉ちゃんに黙っててくれると思うから……」
「俺の細かい事情も?」
「そっちは言わない方がいいでしょうね。もちろん、言った方が正確な診断が望めるとは思うのだけれど……今、創がしていることは本当に世の中をひっくり返しかねない事ばかりだから。出来るだけ露見しないようにした方がいいと思う」
「だよなぁ……あっ、あれ……なぁ、雹菜」
俺はふと思う。
雹菜が首を傾げて、
「何かしら?」
と尋ねてきたので、俺は恐る恐る、言った。
「……もしかして、俺、このままだと、ギルドへの就活……厳しい?」
「……あぁ……あぁ、そうね。そういえば……」
今気づいた、というような顔で雹菜が言った。
「だよな。これ、しばらく人に言えないって事は、就活でもアピールできないってことで……」
「そうなっちゃうわね……ごめんなさい、ちょっと考えてなかったわ……ついうっかり。そうよね、そもそも創はギルドに就職したかったんだから、そこも考えるべきだったわね……」
「……まずいな、こうなると、俺、しばらく無職で生きていかないとならないわけか……?」
いずれ、言える日も来るだろう。
しかしその時までは、無職か。
いや、冒険者としてやっていける目処は立っている。
魔石や魔道具の類を売れば、十分に生計を立てられるだろう。
しかし、フリーの冒険者というのはそれなりにいるものの、社会的信用、という意味だとちょっと微妙なところがあったりする。
やっぱり、冒険者はギルドに所属してこそ。
そんな空気があるのだった。
降って湧いた問題に、俺は頭を抱えた。
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